今年4月はじめに、インドネシアのスマトラ島に行ってきました。
残念なことに、インドネシアは、世界でも最も森林消失のスピードが速い国として知られています。近年はパームオイルの栽培のために森林が切り拓かれ、ゾウやトラなどが生育地を失って個体数を減らしていることが心配されています。
そのような中、何とかゾウやトラを守ろうと懸命の努力を続けているWWFインドネシアの方々に現地を案内していただき、お話をうかがいました。
インドネシアには29の州、4つの特別州、1つの首都特別州が設置されています。スマトラ島の中部にあり、マラッカ海峡に面しているリアウ州で展開されているWWFインドネシアのプログラムについて、プログラムマネージャーのSuhandriさんに話を聞きました。
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インドネシアでは年率2%の勢いで森林が消失していますが、その中でもリアウ州は、他の州よりも森林消失のスピードが速く、年率11%の勢いで森林が消えています。ブラジルのアマゾンの森林消失のスピードは0.5%ですから、それに比べても極めて消失速度が高いことがわかります。
リアウ州は、インドネシアでも最大のピート(泥炭)を擁する地でもあります。推定14.6ギガトンの炭素(東南アジアの30%)をピートという形で有しています。
(エダヒロ注)ピートとは、植物の遺骸が十分に分解されずに堆積して形成されるものです。植物以外などの有機物の堆積する速度が、堆積した場所にいる微生物が有機物を分解する速度を上回ったときに形成されます。泥炭は石炭の成長過程の最初の段階にあると考えられ、炭素の含有量が石炭に比べれば低く、不純物が多く、含水率も多いため、燃料として使うには品質が悪いものです。
1982年から2007年の間に、泥炭地区の森林は57%失われました。同期間に、泥炭地以外の森林は73%も失われています。この機関に、合計416万ヘクタールを超える森林が失われ、森林消失率は65%となっています。
天然林は何に置き換わってしまったのでしょうか? 1982年から2007年の間に失われた天然林のうち、29%はパーム油用のヤシのプランテーションに変わっています。また24%はパルプ・紙の原材料となるアカシアのプランテーションになっています。
森林消失のうちの17%は、紛争地として何にも使われず、荒れ地になっているものです。これはもともと地元住民の居住地だった所に、政府が新しい行政区域として「政府の森である」と主張し、両者がぶつかり合ったまま、使えなくなってしまった森です。
これらの数字から、この地区の森林消失の大部分はパルプ・紙の原料、またパームオイルのプランテーションが原因であることがわかります。
リアウ州の、1990年から2007年の二酸化炭素の排出量を見ると、1990年から1995年の間は、総排出量は0.41ギガCO2トン(GtCO2)でした。ところが、1990年から2007年までの累積を見ると、3.66ギガCO2トンもの排出であることがわかります。うち1.17ギガCO2トンは森林消失によるものです。0.32ギガCO2トンは森林の劣化によるもの、0.8 ギガCO2トンは泥炭が分解してCO2を排出したもの、1.39ギガトンは泥炭が燃えてCO2を排出したものとなっています。
それに対して、この地域の森林が吸収したCO2は0.24ギガCO2トンにすぎません。この地域は、森林地帯ではあるものの、CO2の吸収源ではなく、大きな排出源となっていることがわかります。
泥炭地にアカシアやアブラヤシを植える前には、まず泥炭地の排水を行います。排水によって土の上層部は乾燥しますが、その下には含水率の高いピート(泥炭)の堆積があります。この乾いた上層部は、少しの火で火事になってしまいます。大量の煙を吐き出し、堆積している泥炭も燃え続け、止めることができなくなります。
リアウ州には、ゾウの生息地が9つあります。全体で300頭ほどが生息していると考えられており、うち150~200頭ほどがテッソ・ニーロ国立公園内にいると考えられています。1985年には、1,000~1,650頭ほどのゾウはいたと考えられており、大きく数が減っています。
スマトラトラも同じです。1978年には1,000頭いたのが、2007年には300頭を切っていると言われています。天然林が切り開かれ、生息地を失ったスマトラゾウやスマトラトラは、人間との衝突を起こし、人間に殺されるようになってきました。
天然林を切り拓いてアブラヤシを植えたプランテーションでは、まだ若い木の柔らかい先端をゾウが食べてしまいます。するとアブラヤシが育たないため、農家はゾウを敵視し、殺したり、毒を仕掛けたりするのです。
2012年には、このような理由で15頭のゾウが殺害されました。うち12頭は、この国立公園内もしくはその周辺で殺されているのです。このような状況に、野生生物を何とか救おうと、WWFインドネシアのプログラムでは、4つの活動を進めています。
1つめは保全活動の管理で、2つめがセクターの改革です。これは、インドネシアにとって重要な天然資源を利用するセクター(森林、パームオイル、漁業、パルプ・紙、鉱業、エネルギー)にベスト・マネジメント・プラクティスを実行してもらうことで、環境的に持続可能なビジネス手法に切り替えていくといものです。
3つめが持続可能な天然資源の利用、土地利用の計画で、4つめが環境保全のためのファイナンスです。自然環境を破壊するのではない形で地元の人々が収入を得られるよう、ミツバチやエコツーリズムといった代替収入源の開発や展開を行っています。
このテッソ・ニーロ国立公園では、どのように状況が進展してきたのでしょうか?
テッソ・ニーロ国立公園は、2004年に約3万8,000ヘクタールの面積でスタートしました。2009年には約4万4,000ヘクタールが追加され、現在の面積は約8万3,000ヘクタールとなっています。
テッソ・ニーロ国立公園では、WWFとパルプ・紙の企業およびパームオイルの企業が協力をして、「フライング・スクワット」と呼ばれる人とゾウの衝突を緩和するための取り組みを行っています。これは、国立公園外に出て、人やプランテーションのほうへ行ってしまったゾウを連れ戻す活動です。4チームあり、1チームは4頭のゾウと8人のゾウ使いから成ります。
(エダヒロ注)私もゾウの背中に乗せてもらい、同行させてもらいました。4頭のゾウとゾウ使いたちが、ゾウの通る道を、現在は週2回、2~3時間かけてパトロールし、野生のゾウを見かけると、大きな音を出す装置でゾウをジャングルの中に追い戻すということを行っています。
代替収入源として期待されているものの1つがハチミツです。国立公園内およびその周辺地域に493本のシアランと呼ばれる木がありますが、1本当たり30~80のハチの巣を擁し、同じ木の1つのハチの巣から年に4回ハチミツを収穫することができます。これは農家による協会ができていて、協会を通じて収穫したハチミツを買い、まとめて地元や国内・国外の市場に販売しています。
2005年に1つの地区の政府が、この木とその周りの自然環境を守るという条例を作り、今では、ほかに4つの村が同様の条例を作り、ハチミツが採り続けられるよう、自然環境を守るようになっています。これは、この木の周囲1ヘクタールを保護するというものです。
WWFは、ゾウの問題に何らか働き掛けをするため保全地を探し、2000年からこの地域で活動をしていました。その取り組みもあり、2004年に国立公園が制定され、2007年からこの国立公園をサポートする形で活動を続けています。
国立公園内では、木の伐採やプランテーション化は、本来あってはならないことですが、残念ながら園内ではそういった事態が進行しています。大きな企業が大規模なプランテーションを開くというのは公園外ではありますが、公園内でプランテーションを始めるのは、2.5ヘクタール以下の小規模地主で、主にスマトラ島の北部から移住してきた人々です。本当はプランテーションを行うには許可証が必要ですが、当然ながら国立公園内で許可証は出されません。すべて不法な事業活動です。
こういった国立公園内のプランテーション化された面積は4万6,000ヘクタール、公園面積の55%にも及んでいます。2010年以降、その拡大のペースは鈍化してきたとはいえ、まだ増え続けている状況です。
現在、リアウ州で活動しているWWFの職員は52名。オランダ、日本、フランス、アメリカなどのWWFのサポートも得ながら活動をしています。
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お話をうかがったあと、テッサ・ニーロ国立公園内で「ゾウによるゾウのための救援隊」(flying squad)の基地へ。トレーニング中の子ゾウさんが花輪をかけて歓迎してくれました。
そして、ここの宿泊施設に泊めていただき、現地をいろいろ見せてもらいました。
以下は地元のスタッフの方々にお聞きした話です。
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インドネシアでは、政府がジャカルタなど大都市に住む、土地を持たない人たちへの対策として、Transmigration(トランスミグレーション)という政策をとっています。これは、2ヘクタールの土地と最初に住む家、2年間の生活費を政府が提供するというものです。1980年代、スハルト時代に始まったプログラムは今でも続いており、これまで数百万人がこのプログラムを利用して、辺境地やジャングルなどへ移住しています。
こういった移住者が、2ヘクタールの土地を政府からもらって、パームオイルなどのプランテーションを行うわけですが、その土地は、もともと地元の共有地であることが多く、もともとの地元住民と移住者との衝突が各地で起きています。
もともとこの地では、ゴムの木を栽培し、生産をしていましたが、ゴムの収穫は年の半分に当たる雨期にはすることができず、また価格の変動も大きく、価格自体もパームオイルに比べると低いため、農家にとってはパームオイルのプランテーションが非常に魅力的なものとなっています。
2ヘクタールの土地でパームオイルを育てれば、かなりの売り上げになります。ここから化学肥料や農薬、労賃や運賃を引いたとしても、月に6~十数万円の収入となるので、「この地域では誰もが子どもにバイクを買ってやれる」と人々は言います。インドネシアの平均収入に比べると、かなり収入が良いのです。
最初に政府からあてがわれた家は質素な家ですが、こうしてお金を貯めると、その隣に立派な宮殿のような家を建てる家もたくさんあります。
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空港から国立公園へつづく道の両側は、途中からパームオイルの海になります。
そしてあちこち、収穫したヤシの実を積んだトラックが走っています。
そして、確かに、車で走っている道の両側にも小さな木造の家と、立派な宮殿のような家が並んで建っている所がたくさん見られました。
ここの国立公園の中では、パームオイルのために、森林伐採がいまなお広がっています。二酸化炭素の排出増という意味でも、野生動物の生育地を奪うという意味でも、もちろんなんとか止めなくてはならない、というのは現地のWWFの方々がおっしゃるとおりです。
でも一方で、都市や北スマトラからやってきた土地を持たない貧しい人々にとっては、どう計算しても、パームオイルを生産するほうが暮らしがラクになります。ハチミツもひとつの代替収入源ではありますが、規模が違いますから、現在のパームオイルによる収入をすべて代替することはできません。
せめて野生のゾウと人間との衝突を減らそうと、保護され訓練されたゾウの背に乗って、暑い日差しの下、パトロールを続けるスタッフの方々の努力を見せてもらいながら、いろいろと考えさせられるラーニング・ジャーニーでした。