昨日、成田空港を発って、夕方にウィーンに到着しました。今日の午前中は、オーストリア政府の環境省の方々との意見交換会があり、明日は『里山資本主義』で有名になったギュッシングへの視察ツアーに連れて行ってもらう予定です。
さて、昨年IPCCが第4次評価報告書を出しましたが、オーストリアでは「これはオーストリアにとっては何を意味するのか?」という、オーストリア版の気候変動レポートが作成されています。
http://www.apcc.ac.at/Dokumente/Synopse_englisch_finaleversion_181214.pdf
このレポートから、Summary for Austria: Impacts and Strategic Policy Measures を日本語にしてもらったので、お届けします。(図などは上記の原文をご覧下さい)
「え、そうだったの!」とびっくりする内容も。よかったらぜひご一読を。
~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~
「オーストリア版気候変動レポート」より
オーストリアの概要:気候変動の影響と戦略的な政策措置
極端な気象現象がオーストリア経済に及ぼす影響はすでにかなりのもので、この30年の間に深刻化してきた。極端な現象による損害費用を見ると、こういった被害をもたらす現象の強さや頻度が変わればオーストリア経済に重大な影響を与えかねないことがわかる。
予測される気候変動がオーストリア経済に与えうる影響は、主に極端な気象現象とその期間によって決まる。また極端な事象に加え、気温や降水量の緩やかな変化も、経済に波及的な影響を与える。それは例えば、農業の収穫量やエネルギー部門の需供が変化することや、スキー場の降雪の確実性が変わるのに伴い冬の観光業に影響を与えることによる。
山岳地帯では、地滑り、土石流、落石など、重力によるマス・ムーブメントが大幅に増加するだろう。これは、降雨の変化や永久凍土層の融解、氷河の後退に起因するが、土地利用の変化も一因となる。山腹は、落石や地滑りといった現象に対して脆弱になるだろう。気候のせいで永久凍土が減少し氷河が縮小すると、不安定な素地がむき出しになることで、土石流や落石の危険性が高まる可能性がある。
オーストリアでは、森林火災のリスクが高まるだろう。気温の上昇傾向が予測され、また夏季に干ばつが長期化する可能性が高まるために、森林火災のリスクが高まるのだ。
気候変動によって、腐植土が失われるとともに、土壌から温室効果ガスが排出されるようになる。極端な気象条件は、土壌の機能を損なう可能性がある。例えば、土壌の肥沃度や水分と養分の保持能力が下がり、腐植土が減少して土壌浸食につながるなどである。人間の介入によって、気候変動に対するレジリエンス(回復力)が低い土壌の面積が増える。
農林業への気候変動の影響は、地域によって異なる。森林生態系のかく乱は、検討された全ての気候シナリオで、強度と頻度が増している。農業部門では短期間で実施できる適応策もあるが、林業での適応策は効果が出るまでに通常長い時間がかかる。
冬の観光業は、気温が着実に上昇することによって圧迫されるだろう。天然雪が豊富な観光地に比べ、オーストリアのスキー場の多くは、気温の上昇や水利用の制限により、人工雪のコスト増や限界に脅かされる。農村部で観光業に損失が生じると、雇用喪失が他の産業で埋め合わせられないことが多いため、地域経済に高い追加的コストが発生する。
現在予測できる社会経済的な発展や気候変動により、オーストリアで気候により生じうる損害は今後増すだろう。気候変動の将来の費用は、様々な要因によって決まる。極端な現象の分布に起こりうる変化や緩やかな気候変動に加え、最終的に損害額を決定づけるのは主に、社会経済的要因と人口学的な要因である。ここにはとりわけ、都市部での人口の年齢構成や、危険にさらされている資産の価値、雪崩や地滑りなどの危険性がある地域のインフラ開発、さらに土地利用全般が含まれ、それらが気候変動に対する脆弱性を大いに握っている。
気候変動に適応する取り組みを増やさなければ、オーストリアの気候変動に対する脆弱性は今後数十年で高まるだろう。この国で特に気候変動の影響を受けるのは、農林業、観光業、水文学、エネルギー、医療、運輸、及びこれらに関連した、気象に左右される部門である。適応策は、気候変動の悪影響を緩和することはできるが、完全に相殺することはできない。
2012年、オーストリアでは気候変動の影響に対処するため、国家適応戦略が採択された。この戦略の有効性は主に、個々の部門ないし政策分野が適切な適応戦略をいかにうまく策定し実施しているかで測られることになる。他国ですでに実施されているような適応策の有効性の定期的な調査など、評価の際の基準は、オーストリアではまだ開発段階にある。
2010年のオーストリアの温室効果ガス排出量は、生態系(主に森林)の炭素吸収量を考慮に入れると、総計約8100万tCO2(二酸化炭素換算トン)、一人当たりでは9.7tCO2にのぼった。一年間のオーストリア人一人当たりの排出量は、欧州連合(EU)の一人当たり平均排出量の8.8tCO2よりわずかに多く、例えば中国(一人当たり年間5.6tCO2)などと比べるとかなり多いが、米国(一人当たり年間18.4tCO2)に比べればはるかに少ない。
オーストリア国内の温室効果ガス排出量は、京都議定書の下で2008~12年の約束期間に1990年比13%の削減を達成すると約束したものの、1990年以降増加してきた。国際合意により主張できる二酸化炭素吸収量の一部を補正した後の同約束期間の排出量は、削減目標の年間6880万tCO2より18.8%多かった。オーストリアの目標は他の先進国より比較的高く設定されていた。この2008~12年の期間における削減目標の遵守は、国際的に認証された約8000万tCO2を約5億ユーロ(約600億円)で購入することで公式に達成された。
オーストリア人の消費に起因する国外での排出量が含まれれば、オーストリアの排出量の数字はこれよりほぼ50%大きくなる。オーストリアは他国の炭素排出量に寄与しているのだ。こうした排出量を組み入れる一方、他方でオーストリアの輸出に関わる排出量を調整することで、オーストリアの「消費ベース」の排出量が算出される。
これは、前の段落で示した排出量や、オーストリアについて報告された国連統計の値よりもかなり大きく、さらにこの傾向は高まりつつある(1997年に消費ベース排出量が報告された値より38%大きかったのに対し、2004年には44%大きくなっていた)。物流(図3参照)を見ると、オーストリアの輸入は、特に南アジアや東アジア(とりわけ中国)、さらにロシアの排出量の一端を担っていると推測される。
オーストリアでは、エネルギー効率を改善し、再生可能エネルギー資源を推進する取り組みが進行中である。しかしながら、再生可能エネルギーやエネルギー効率に関わる目標は、その達成のための具体的な措置による後押しが十分でない。このような状況において2010年にエネルギー戦略が発表され、2020年の最終エネルギー消費は2005年の水準の1100ぺタジュールを上回ってはならないと示された。
しかし、適切な措置はまだ実施されていない。オーストリアのグリーン電力法では、再生可能エネルギー源による発電を2020年までに年間10.5テラワット時(37.8ぺタジュール)追加することを定めている。エネルギー部門と産業部門は「EU域内排出量取引制度」の下で大幅に規制されているが、制度の改善については今もまだ協議中である。現行制度では特に運輸部門の効果的な措置が欠けている。
オーストリアは、国の気候及びエネルギー計画に関して短期的な削減目標しか定めていない。すなわち、2020年までの期間のものだ。これは、拘束力のあるEU目標に対応するものだが、他の諸国はこの問題に十分に取り組めるよう、より長期的な温室効果ガス削減目標を設定している。例えばドイツは、2050年までに85%という削減目標を掲げている。英国は2050年までに80%の削減を達成する意向である。
全球平均気温の上昇を2℃以下に抑えるという目標を達成する上でオーストリアが期待される貢献を果たすには、これまでに取られてきた措置では不十分だ。この国が明示した行動は、2020年に向けた目標に基づいている。
しかし、オーストリアの再生可能エネルギー源の開発目標は、同国が「全球平均気温上昇2℃以下」の目標への貢献を果たすには十分に意欲的ではなく、2020年よりかなり前に達成される見込みだ。
産業部門と運輸部門では排出量の傾向に実際の変化は起こりそうになく、暖房に関して既に行われている方向転換も不十分のようだ。化石燃料をバイオ燃料に替えることで期待されている温室効果ガス排出量の削減は、ますます疑問視されつつある。
制度、経済、社会、知識の障壁は、緩和と適応に関する進展を遅らせる。こうした障壁を克服するアプローチとしては、目下の課題を視野に入れた包括的な行政改革を行うことや、気候への影響をもとに製品やサービスの価格を付けることなどが含まれる。この点で鍵となる要素として、環境に有害な融資や補助金の撤廃が挙げられる。新たな化石燃料の埋蔵資源の探査への補助金や、車通勤が優遇される通勤税控除、都市近郊の一戸建て住宅への補助金などがその例だ。
また、市民社会や科学が意思決定プロセスに強く関わることでも、必要な措置を加速させることができる。関連する知識の格差も更なる行動を遅らせるため、取り組まなくてはならないが、最重要事項の中には入っていない。
シナリオのシミュレーションによると、オーストリアでは追加措置によって2050年までに最大90%の排出量削減を達成できる。こういったシナリオは、エネルギーの需要と供給に焦点を当てた研究から得られる。だが今のところ意思決定者側は、それほど大量に排出量の削減をするという明快な約束をしていない。オーストリアは、エネルギー強度の改善に関してかなり追い上げる必要がある。EU加盟27カ国ではエネルギー強度が1990年以降およそ29%改善されたが、オーストリアはそれに比べてほぼ横ばいだった(図4参照)。
シナリオの計算によると、オーストリアでエネルギー消費量を半減させれば、EUが設定した2050年の目標を達成できる。残り半分のエネルギー需要は、再生可能エネルギー資源で賄うことができると期待されている。国内で経済的に利用可能な再生エネルギー資源の潜在量を定量化すると、約600ペタジュールとなる。これに対して、現在の最終エネルギー消費は年間1100ペタジュールである。特に建築、運輸、生産部門でエネルギー効率改善の可能性がある。
カーボンニュートラルな経済システムに向けて迅速かつ本格的に変革しようと努力するなら、包括的な気候政策において新しい形の組織的な協力を伴う、各部門間の密に連携したアプローチが必要となる。様々な経済部門や関連する諸分野が、個別に気候緩和戦略を取るだけでは不十分である。他の形の変革、例えばエネルギーシステムの変革も視野に入れるべきである。というのも、出力変動するエネルギー源の分散型の発電・蓄電・管理システムや国際取引が重要性を増しつつあるからだ。同時に、一部新しいビジネスモデルに則った多数の小規模発電事業者が市場に参入しつつある。
統合的で建設的な気候政策は、現在の他の課題に取り組む上でも役に立つ。例えば、地域の景気循環が強化され、国際的な依存性が弱まり、全ての資源、特にエネルギー資源の生産性が大幅に増加するとき、経済構造は外的影響(金融危機やエネルギー依存)に対して耐性が高まるのである。
2050年の目標を達成するには、一般的な消費パターンや行動様式、そして従来型の短期志向の政策や意思決定プロセスに、パラダイムシフトをもたらすしかなさそうだ。歴史的なすう勢からも、そして個々の部門重視の戦略やビジネスモデルからも、大胆な脱却に寄与するような持続可能な開発のアプローチは、求められる温室効果ガスの削減に貢献することができる。
持続可能な開発の観点からの新たな統合的なアプローチで必要とされるのは、必ずしも目新しい技術的解決策ではなく、むしろ既存の有害な生活習慣や経済的ステークホルダーの行動を意識的に方向転換させることである。
世界中で、持続可能な開発の道筋に向かう変革のための取り組みが行われている。例えばドイツの「エネルギー転換」、国連のイニシアチブ「万人のための持続可能なエネルギー」、数多くの「トランジションタウン」や「スローフード」の活動や、菜食といったものだ。どの取り組みが成功するかは、未来にならなければわからない。
食事の変化や食品廃棄物の規制と削減といった需要重視の措置は、気候の保護において重要な役割を果たすだろう。主に地場の旬の野菜を中心にした生産物を基本とする食事に移行し、動物性食品の消費を大幅に減らせば、温室効果ガスの削減に価値ある貢献を果たすことができる。食品のライフサイクル(生産と消費)全体において廃棄物を減らすことで、温室効果ガス削減に大いに貢献することができる。
目標達成のために必要な変化としては、経済の組織や志向性のあり方を変革することも挙げられる。住宅部門は刷新が強く求められており、新しい融資の仕組みで改築と新築を促進することができる。ばらばらの輸送システムは、統合された移動システムへと発展させることが可能だ。また、製造業では、新しい製品や加工や原料によってもオーストリアが世界的な競争に遅れを取っていないことを保証できる。エネルギーシステムは、エネルギーサービスを出発点として、統合的に再編成することが可能だ。
政治的枠組みが適切な状態であれば、変革を推進することができる。オーストリアには、変わろうという意欲がある。先駆者たち(個人、企業、自治体、地域)は、例えばエネルギーサービス、あるいは気候に優しい移動手段や地域供給の分野で、既に自分たちのアイディアを実行に移しつつある。こうした取り組みは、支援する環境を生み出すような政策により、強化することができる。
新しいビジネスモデルや金融モデルは、この変革に不可欠な要素である。金融手段(これまで主に利用されてきた補助金以外)と新しいビジネスモデルは主に、エネルギーの販売会社をエネルギーサービスの専門家へと転換させることに関わるものだ。
エネルギー効率が大幅に向上して利益を生み出すことができ、法的義務により建物の改修が推進されるようになり、法規定を適応させることで再生可能エネルギーや省エネ対策への集合投資が可能になる。
通信政策や地域計画は、スイスで見られるように、排出量ゼロの公共交通機関の利用を促すことができる。特に年金基金と保険会社の資金による長期融資(例えば建物の場合30~40年)は、新しいインフラを促進することができる。求められる変革には地球規模の側面があるため、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)気候基金の条項など、連帯を示す海外の取り組みが検討されるべきである。
寿命の長いインフラへの大規模な投資は、温室効果ガスの排出量と気候変動への適応策が考慮されなければ、持続可能性に向けた変革において自由度を制限してしまう。もし全てのプロジェクトが統合的な気候変動の緩和策と適切な適応戦略を考慮すべき「気候対策」の対象であったなら、長期的な排出集約型の道筋への依存を生むいわゆる「ロックイン効果」を避けられるだろう。石炭発電所の建設が一例だ。
国レベルでは、現在の生態学的基準に適合しない(正当なコストで実施しうる)ような、道路の拡張や建物の建設に不相応な重点が置かれること、また、過剰な交通量を生み土地消費の大きい地域計画もここに含まれる。
都市と人口密集地域に関することは、変革の重要な分野だ。多くの場合に気候保護のために利用できる都市部の潜在的な相乗効果に対し、注目が高まりつつある。例えば建物の冷暖房の効率を高めることや、公共輸送機関の経路を短くして輸送を効率化すること、訓練や教育を受けやすくすることで、社会的な変革が加速される。
気候に関連した変革は、健康の向上に直接関連し、生活の質の向上を伴うことが多い。例えば、車の代わりに自転車を使用すれば、環境に良い影響があるだけでなく、心血管疾患の好ましい予防効果があるほか、平均寿命を著しく伸ばす他の健康改善の効果があることも証明されている。健康を後押しする上での効果は、持続可能な食事(肉の消費を減らすなど)についても証明されている。
気候変動は、オーストリアへの移住を増加させるだろう。移住には数多くの根本的な原因がある。南半球では、気候変動が特に強い影響力を及ぼし、主に南半球内での移住の増加に拍車をかけるだろう。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2020年までにアフリカとアジアだけでもおよそ7400万~2億5000万人の人々が影響を受けるだろうと推計している。特にアフリカ大陸での気候変動による影響が原因で、アフリカから欧州へ流入する難民が増加すると予測されている。
気候変動は、数多くの世界的な課題の一つに過ぎないが、極めて中心的な課題である。加えて持続可能な未来は、例えば貧困撲滅や、健康、社会的な人的資本、水と食料の入手、手つかずの土壌、大気環境、生物多様性の損失、さらに海洋の酸性化や魚の乱獲といった問題にも取り組む。こうした問題は互いに無関係ではない。気候変動は、他の諸問題を悪化させることが多々ある。
国際社会は、ポスト2015年の「持続可能な開発目標」(SDGs)を策定する国連プロセスを始動させた。気候変動は、この目標の中心にある。世界的な諸課題が相互に依存しているため、気候を保護することで、他の世界的な目標を達成するのに役立つ多くの付加的な恩恵を生み出せるからである。
気候の緩和と適応の政策イニチアチブはオーストリアで、中央、地方、地域社会といったあらゆるレベルで必要とされている。オーストリア連邦政府組織内で権限が分かれているため、目標の達成と可能な限り最大の効果を確保できるのは、これらのレベルにまたがる共通の協調したアプローチのみである。必要とされる実質的な変革を効果的に実施するためには、広範囲に及ぶ手段も実行していく必要がある。
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