8月末に海外出張した際、オーストリア政府の方からも、世界の持続可能性の研究者・実践家のネットワークであるバラトングループのメンバーからも、「日本では原発が再稼働したけど、どういう状況なのか、こちらにはほとんど伝わってこないので、教えてほしい」と質問を何度も受けました。
そのあたりの状況と自分の考えを整理して伝えなくちゃと、JFSニュースレターの記事に書いて、英訳してもらい、世界にも発信してもらいました。日本語版をお届けします。
英語版はこちらです。海外のお知り合いの方などご興味のある方がいらっしゃったら、ぜひ共有いただければと思います。
Update on the Restarting of Nuclear Power Plants in Japan
http://www.japanfs.org/en/news/archives/news_id035370.html
~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~
JFS ニュースレター No.157 (2015年9月号)
日本の原発再稼働をめぐる現況
2015年8月11日、鹿児島県にある九州電力の川内原子力発電所1号機が再稼働し、2年近く続いていた日本の「原発稼働ゼロ」状態に終止符が打たれました。今回の川内原発の再稼働は、原子力規制委員会の定めた新規制基準に合格して再稼働した初めてのケースとなります。このあたりの事情を少し説明しておきましょう。
2011年3月11日に起きた東京電力福島原発事故後、原子力規制委員会(以下、規制委)が設置されました。以前は、原子力「利用」の推進を担う経済産業省の下に、原子力の安全「規制」を担う原子力安全・保安院が設置されていました。このように「利用の推進」と「安全規制」を同じ組織の下で行ってきたことが問題の1つだったという認識のもと、経済産業省から安全規制部門を分離し、環境省の外局組織として、独立性の高い委員会として新設されたのです。
原子力規制委員会
http://www.nsr.go.jp/index.html
規制委では、原子炉等の設計を審査するための「新規制基準」を作成し、2013年7月に運用を開始しました。この新規制基準は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の反省や国内外からの指摘を踏まえ、以前の基準が抱えていた以下の問題点を解消するものとして策定されました。
地震や津波等の大規模な自然災害の対策が不十分であり、また重大事故対策が規制の対象となっていなかったため、十分な対策がなされてこなかったこと
新しく基準を策定しても、既設の原子力施設にさかのぼって適用する法律上の仕組みがなく、最新の基準に適合することが要求されなかったこと新規制基準では、放射性物質の拡散を減らす「フィルター付きベント」設備や、遠隔で原子炉を冷却できる「緊急時制御室」の設置が義務化されています。規制委のサイトには「この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものです。しかし、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できるわけではありません」と明記され、「安全神話」が福島原発事故を引き起こしたとの反省を忘れまいという姿勢が感じられます。
http://www.nsr.go.jp/activity/regulation/tekigousei/shin_kisei_kijyun.html
今回の川内原発の再稼働は、規制委の定めた新規制基準に合格して再稼働した初めてのケースとなります。2011年、福島第1原発事故を受け、全国の原発は段階的に停止し、「原発稼働ゼロ」状態がしばらく続きました。2012年に、近畿地方の電力不足に対応して関西電力の大飯3、4号機(福井県)を政治判断で例外的に再稼働させましたが、この2基が2013年9月に定期検査のため停止してのち、「原発稼働ゼロ」が続いていました。
九州電力は2013年7月に、川内1、2号機の安全審査を規制委に申請し、2014年9月に安全審査に合格しています。それから、安全対策の詳細や事故対応の手順などの書類作成や原発設備・機器の使用前検査が長引いたため、合格から1年近くかかっての再稼働となりました。
報道記事によると、九州電力では川内2号機も10月中旬に再稼働させる方向で検討しており、九州電力の原発への安全対策費用は玄海原発(佐賀県)分と合わせて3000億円強に上っているとのことです。
日本国内の他の原発の状況を見る前に、日本の原発の歴史を少し振り返ってみます。
1955年に原子力基本法が成立し、原子力利用の大綱が定められました。翌1956年には原子力委員会が設置されるとともに、日本原子力研究所(現・国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)が設立され、研究所が茨城県那珂郡東海村に設置されました。
国内初の商用原発は、1966年に東海村に建設された東海発電所でした。運営主体は、9電力会社および電源開発の出資によって設立された日本原子力発電株式会社です。1970年には日本原電の敦賀1号機(福井県)と関電の美浜1号機(福井県)も運転を始めます。
1974年に、電源三法(電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法)が成立し、原発をつくるごとに立地交付金が出ることになったため、原発立地の大きなインセンティブがつくり出されました。1955年~1973年の日本は、実質経済成長率が年10%を超える高度経済成長期にあり、工業用・産業用の安価で安定的な電源が必要だと考えられたためです。1973年のオイルショックを機に日本の高度経済成長は終わりを告げたのですが、電源三法による交付金の制定後、原発の新設が相次ぎ、福島原発事故が起こる前の段階で、日本には54基の原発がありました。
2011年の福島原発事故後、福島第一原発の1~6号機は廃炉が決まり、48基となりました。実は、福島原発事故前、経産省は原発の運転期間を60年など長期化することを認める方向に向かっていたのですが、福島原発事故後の2012年、原子炉等規制法が改正され、原則として運転開始後40年を経た原子力発電所は廃止とすることが決まりました。例外的に、原子炉や建屋の健全性をこれまで以上に詳しく調べる「特別点検」に合格すれば、最大20年間の延長が認められますが、そのためには多額の安全保全コストがかかると考えられています。
こうして、運転40年に達する原発をどうするか、電力会社は選択を迫られることになりました。2015年4月に、関西電力の美浜1、2号(福井県)、九州電力の玄海1号(佐賀県)、中国電力の島根1号(島根県)、日本原子力発電の敦賀1号(福井県)の5基が廃炉となりました。いずれも出力が小さく、安全対策に多額の費用を投じても投資回収の見込みが立たないとの判断です。こうして、現在日本にある原発は43基となりました。
ちなみに、現在建設中の原発には、電源開発の大間原発(1基、青森県)があります。また、中国電力の上関原発(2基、山口県)は準備工事が中断されている状態です。
43基のうち、2015年8月時点で、規制委による安全審査を申請しているのは、建設中の大間原発を含む15原発25基ですが、合格が決まったのは3原発5基のみです。1基が再稼働した川内原発の2基のほか、関西電力高浜3、4号機(福井県)、四国電力伊方3号機(愛媛県)も審査は合格していますが、高浜3、4号機は福井地裁が再稼働を認めない仮処分を出しており、伊方3号機は地元の同意を得る必要がある状況です。
現在のところ、鹿児島県の川内原発1基が再稼働している状況ですが、原発とその再稼働には多くの問題があります。5つの問題を指摘したいと思います。
1つは、「地元」の定義です。再稼働するには地元の同意が必要ですが、今回、川内原発の「地元」は原発が立地する薩摩川内市と鹿児島県に限定され、薩摩川内市と鹿児島県が同意したため、再稼働に踏み切ることになりました。しかし、もし事故が起これば被害を受ける可能性のある近隣自治体も「地元」に含めるべきだという強い声があります。もっともなことです。
以前は原発事故の避難範囲は8km圏とされていましたが、福島第一原発事故で避難指示等の範囲が30km圏以上に及んだことから、原子力規制委員会が2012年10月31日に策定した「原子力災害対策指針」では、予防的防護措置を準備する区域(PAZ:Precautionary Action Zone)が5km圏に、緊急時防護措置を準備する区域(UPZ:Urgent Protective Action Zone)が30km圏に設定されました。30km圏の地域は、UPZを反映した地域防災計画を策定しなくてはなりませんが、川内原発の30km圏には薩摩川内市以外の自治体もあるのです。
2つめは、原発避難計画が整っていない段階での再稼働である点です。福島原発事故では、避難の混乱で入院患者や高齢者が死亡する例が相次ぎました。そこで国は、災害対策基本法などに基づく自治体向けの手引で、30km圏の医療機関や特別養護老人ホームなどの社会福祉施設に、避難先や経路、移動手段の計画を作るよう求めています。
2015年8月3日付の朝日新聞の記事によると、「川内原発の30km圏の医療機関85施設のうち、策定済みは2施設。159の社会福祉施設のうち、計画を作ったのは15施設」。「鹿児島県は『30km圏の避難計画は現実的ではない』(伊藤祐一郎知事)として、今年3月に計画作りを求める範囲を独自に10km圏に限定。10km圏では対象の全施設が計画を作ったが、10km以遠の施設は、事故後に風向きなどに応じて県が避難先を調整することにした。県原子力安全対策課は『国の了解を得て決めた』という」という報道記事です。
3つめは、原発の再稼働に踏み切った判断責任の所在が明らかではないことです。規制委は、「自分たちは安全性を審査するのが役割であり、再稼働の判断には立ち入らない」と明言しています。一方、政府は「規制委で安全性が確認されれば、地元了解の上で、原発の運転を順次再開していく」と説明しており、宮沢洋一経産大臣は2015年8月4日の記者会見でも、「規制委が厳しい基準に適合しているかを判断し、事業者が最終判断をして、再稼働に至る法制度になっている。政治判断の余地はない」と、判断責任は事業者にあるとの考えを強調しています。
しかし、これでは結局、再稼働に対する「地元の同意」が最も重い決断となってしまうため、地元自治体は、国策である原発の推進には政府が関与すべきだと訴えています。川内原発の地元である鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、地元同意の前に国の責任を明確化した文書を政府に要請したことがあり、全国知事会も再稼働の条件として、国の責任と手順の明確化を盛り込んだ提言をまとめています。新基準に合格した伊方原発のある愛媛県の中村時広知事も、「事故が起こったときの最終責任は誰が取るのかということを明確化する必要がある」と述べています。
考えたくはありませんが、もしまた何らかの事故が起きたとしたら、規制委員会も事業者も国も、互いに責任を押しつけ合うにならないか、心配です。このような現在の状況を見ると、福島事故の教訓が活かされているとは思えません。
4つめは、地元や国民の反対の声が強い中で、再稼働が行われたということです。川内原発のゲート前では地元の人々が連日抗議活動を繰り広げ、東京の首相官邸前でも多くの人々が再稼働反対のデモに参加していました。
川内原発の安全審査が進められていた2014年5月、鹿児島県の南日本新聞社が県内で実施した電話世論調査によると、再稼働に「反対」「どちらかといえば反対」と答えた人は59.5%で、「賛成」「どちらかといえば賛成」との回答は36.8%でした。また、2015年8月に朝日新聞社が行った電話での全国世論調査では、川内原発の運転再開について、「よかった」は30%で、49%が「よくなかった」と答えています。多くの反対を押し切って再稼働したことは、原発政策や進め方についての政府への不信感を増す結果となっています。
5つめは、4つめとも関連しますが、原発自体の位置づけやその決め方です。経済産業省が2015年7月16日に決定した2030年の電源構成(エネルギーミックス)では、「原子力は20~22%」と決められました(ちなみに、再生可能エネルギーは22~24%です)。
日本の全電源に占める原発の割合は、福島原発事故前の2010年度には28.6%でした。原発を「40年で廃炉」の原則どおり廃炉にしていくと、2030年には原発の割合は15%程度に下がる計算です。世論という点からも地元の反発を考えても、原発の新増設は難しいと考えられています。こういった状況の中で、20~22%という目標を掲げたことは何を目指しているのでしょうか。
そもそも、2030年の電源構成を決めた委員会の委員構成が原発推進派に大きく偏っていることも問題です。福島原発事故後、当時の民主党政権下に設置された、2030年に向けての日本のエネルギー政策を議論する「基本問題委員会」では、25人の委員のうち3分の1ほどが、原発ゼロが望ましいと考える委員でした。委員会が出した3つの選択肢に関する国民的議論を経て、閣僚からなるエネルギー・環境会議は「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」とした「革新的エネルギー・環境戦略」を決定しました。
しかし、原発維持・推進を求める経済界を中心とする反対勢力に対抗できず、結局この「革新的エネルギー・環境戦略」は閣議決定されず、参考文書の扱いとなって、政策に影響を与えることはできませんでした。その後、自民党政権になってから改組された委員会には、原発ゼロ派はほとんど選ばれませんでした。
〈JFS関連記事〉
日本のエネルギー政策のゆくえ
【JFSニュースレター 2012年10月号】No.122
前出の朝日新聞世論調査によると、原発再稼働については、川内原発以外の原発の運転再開についても「賛成」28%、「反対」55%でした。「原子力発電を今後、どうしたらよいか」に対しては、「ただちにゼロにする」が16%、「近い将来ゼロにする」が58%と、原発ゼロが望ましいと考えている人が74%と、4分の3を占めています。「ゼロにはしない」は22%でした。
このように、国民の多くが原発ゼロを望んでいる状況にもかかわらず、原発維持に向けて再稼働が行われました。日本では核廃棄物の最終処分地も処分の方法も決まっていません。再稼働すればそれだけ将来処理すべき核廃棄物が増えてしまいます。
JFSの理事でもあるレスター・ブラウン氏(元アースポリシー研究所所長)の『大転換』によると、「米国では、カリフォルニア、コネティカット、イリノイなど9州は、廃棄物の容認できる処理方法が開発されるまで、新規原子力発電所の建設を禁止している」そうです。この"大人の知恵"が日本にもほしいと強く思います。
2013年10月にとりまとめられた電力需給検証小委員会の報告書によると、「原発停止による火力発電用燃料費の増加額は年間3兆6000億円」とのこと。2015年7月に決定された2030年までの「長期エネルギー需給見通し」によると、「エネルギー自給率の改善、電力コストの低減及び欧米に遜色ない温室効果ガス削減の設定といった政策目標を同時に達成する」ためとして、原発の維持を謳っています。
経団連では2015年7月1日、この長期エネルギー需給見通し案に対し、「東日本大震災後、産業用の電気料金は約3割上昇し、国際競争力に大きな影響を及ぼしている」として、「電力コスト低減を図る観点から、原子力発電のさらなる活用に向けた取組みを行う必要がある」と述べ、既存の原子力プラントの稼働率向上や運転期間の延長、リプレース・新増設について、具体的に検討すべきとの声明を出していました。
今回の再稼働や決定されたエネルギーミックスは、国民の思いよりも経済界の「電力コストを早急に下げよ」という声に沿ったものに思えます。目先の経済的な利益だけで判断するのではなく、「長期的に守るべきものは何か」についての国民的議論を踏まえて政策や方向性を考えていくことの大事さこそ、福島原発事故が遺した大きな教訓なのではないでしょうか。
枝廣淳子