昨年11月末に世界に発信したJFSのニュースレター記事より、SDGsなどという言葉がなかった頃から続けられている、とっても素敵な活動をご紹介します。
写真などは、ぜひウェブサイトよりご覧下さい。
https://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id035959.html
~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【2017年11月】
地域の中で、ささやかな誇りを持って働く:ココ・ファーム・ワイナリー
特殊学級の中学生と担任の川田昇氏が、山の急斜面を開墾してつくった葡萄畑。その麓に設立されたこころみ学園で知的障害を持つ人たちとのワインづくりを始めるため、川田氏に賛同する保護者たちが会社を設立しました。こうしてできた有限会社ココ・ファーム・ワイナリーは、知的障害を持つ人だけでなく、みんながいきいきと力を発揮できるようにつくられた会社です。
障害者の就労支援は、仕事や産業として、製品やサービスとして、地域との連携として、どこまで進化できるのか。
今月号のJFSニュースレターでは、社会福祉法人こころみる会理事長兼有限会社ココ・ファーム・ワイナリー専務取締役の池上知恵子氏、同法人理事会事務局長と同有限会社COOを兼ねる牛窪利恵子氏が、2017年3月30日に社会事業家100人インタビュー* でお話された内容を編集し、知的障害を持つ人たちとのワインづくりの取り組みについてお届けします。
*社会事業家100人インタビュー:ソーシャルビジネスネットワーク(SBN)が、2012年6月からほぼ毎月1回のペースで開催している、先輩社会事業家からビジネスモデルを学ぶための連続対話型講座。
○子どもたちの潜在能力を農作業で開花させる
1950年代、川田昇氏は、栃木県足利市の中学校で特殊学級(現在の支援学級)の教員になりました。当時、障害をもった子どもたちは、「かわいそう」と、過保護に育てられがちなため、体力がなく、わがままで我慢がききませんでした。
そこで彼らには、1年中やることがたくさんある農作業が向いているのではと農地を探し、平らな土地は高価だったため、郊外の急斜面地を購入しました。南西向きで夏の西陽がよくあたるため、よい畑になると考えたのです。
しかし機械や重機が入れられない土地で、子どもたちと一緒に、手作業で木を切るところから始めなければなりませんでした。最初はすぐに疲れてしまい、飽きると切った枝でチャンバラをしていた子どもたちが、半年から1年経つと劇的な変化を見せるようになります。
足利市は、夏は猛烈に暑く、冬は冷たい風が吹きすさぶ厳しい気候。平均斜度38度の斜面を毎日上り下りするうちに、自然に体力と精神力がついて、空腹・暑さ・寒さ・眠さを我慢できるようになっていったのです。
木を切った後はあっという間に草が繁茂し、野菜を育てても、草に隠れてしまって見えません。1年に一度甘い果物がなる木のほうがいい、そして子どもたちの毎日の仕事がとぎれないような手間がかかる作物を、とブドウの栽培を開始しました。
こうして自己資金での開墾と施設建設を経て、1969年には知的障害者支援施設「こころみ学園」として、園生30名、職員9名の体制でスタートしました。
○福祉ワインではなく、美味しいワインをつくる
ブドウは、戦後甘いものがない一時期には飛ぶように売れたものの、高度成長期に入ると、買いたたかれるようになってしまいました。そこで、ワインをつくれば保存もできて付加価値も高まると考えた訳です。
しかし、社会福祉の増進のために行政から資金を受けて事業を行い、収益への課税も優遇されている社会福祉法人の「こころみ学園」は果実酒製造免許を申請できません。そこで、園生の保護者の有志が出資して、1980年に有限会社ココ・ファーム・ワイナリーを設立しました。現在、保護者会の会長が有限会社の社長を務めています。
1984年に有限会社に醸造認可が下り、ワインづくりを開始しました。川田は当初から「"福祉ワイン"をつくっていたらつぶれるから、うまいものをつくろう」と言っていましたが、当時日本では、本格的なワインはまだ普及しておらず、美味しいワインの製法もあいまいでした。そこで、カリフォルニアから醸造技術者ブルース・ガットラヴ氏を招へいし、指導を仰いだのです。
彼は「ワインの味は9割がたブドウで決まる」と断言します。除草剤や化学肥料を使わず、空き缶をたたいてカラスを追い払い、ブドウの世話や収穫を手作業で行うこころみ学園の取り組みに感銘を受け、今も学園の評議員やココ・ファーム・ワイナリーの取締役として働いてくれています。
ココ・ファーム・ワイナリーでは、北関東の気候風土に合った品種を選び、自然な農業をこころがけてきました。100%日本のブドウを原料とした自家醸造です。天然野生酵母による醗酵なので、不安定で手間はかかりますが、香り高く上質なワインになります。味わいが長く、複雑でバランスがとれているワインは、良質のブドウと微生物によって生み出されるもので、人は手助けしているだけです。
○世界から認められるワインに
ブドウを絞った後の皮と種にはポリフェノールが豊富に含まれるので牛の餌にいいと、近隣の飼料会社が無料で引き取ってくれます。また、その飼料を食べた牛の糞でつくられた堆肥をブドウ畑に施します。そのような取り組みが、いつのまにか「循環型農業」や「6次産業」として注目されるようになりました。
また、10年ほど前から、ワイン専門誌だけでなく女性誌や旅行誌などに取材されるようになりました。ワインショップでワインを購入され、その評判が口コミやSNSで広がるようになりました。
2003年にはカフェをオープンし、ワイナリー見学やテイスティング(試飲)などのプログラムをつくりました。オンラインショップもあり、ワイナリーに来られない方にもワインを楽しんでいただけます。
1984年から毎年11月の第3土・日曜日に開催している「収穫祭」には、今や地元の人だけでなく全国から2万人近くの人が来てくださるようになりました。園生も、お客さんが来るとうれしくて作業にいっそう張り合いが出るようです。
2000年には九州・沖縄サミットの首里城での晩餐会にココ・ファームのワインが採用されました。2008年の北海道洞爺湖サミットの総理夫人主催夕食会、2016年のG7広島外相会合の夕食会でも使っていただき、2013年以降、日本航空国際線ファーストクラスのラウンジや機内でも何回か採用されています。
○会社から学園に業務委託し、全員で仕事を担う
有限会社で雇用すると、雇われた人の個人の口座に直接お金が入って、食事や洗濯の手伝いなど雇われた人の世話をしている人には配分されません。このためココ・ファーム・ワイナリーは、仕込みやビン詰などの作業をこころみ学園に業務委託する形態をとっています。
ブドウ栽培だけでなく、醸造の過程でのさまざまな作業は、単調で根気がいることばかりです。たとえば、ワインのビン詰作業は、寒いところで瓶を運び続ける重労働です。それを担当すると、園生たちは驚くような能力を発揮し、作業に向き合ってくれます。仕込み作業、ワインを入れる箱の組み立て、ラベル貼り、リボン切り、シール貼り、パンフレット折りなどの作業もあり、それぞれの園生に向いている仕事に携われるようにしています。
また、毎日3食の食事づくりと施設内の掃除、山のような洗濯も園生たち自身とスタッフで担っており、全体で大きな家族のように暮らしています。生活と仕事が一体のため、集団で生活が整えられることは大きな利点です。
入所希望が多く待機していただいていますが、この施設が誰にとってもベストということではありません。現在150名ほどの園生の半数以上はすでに高齢者となり、集まりの時は車いす十数台が並びます。身体を使いながら規則正しい生活を継続することを心がけていますが、高齢化はこころみ学園でも大きなテーマです。園でお葬式も行い、川田とともに園内のお墓に眠る園生もいます。
○地域の暮らしに溶け込み、助け合う関係を築く
施設と地域との共生では、60年間の蓄積で、頼むのもやるのも当たり前な関係になっています。地元の方々は、雨の中、園生たちが川岸で草刈りをする姿を「後光がさすようだ」とありがたがってくれます(実は、雨降りのほうが草刈りは楽なのです)。また、山林管理上、下草刈りは重要ですが、なかなか地域に人手がないので、作業に慣れている職員と園生が請け負っています。
地元の人は、園生を外で見かけると、気にかけて助けてくれ、自分のことのように心配してくれます。こころみ学園が農林業を主体とした生活共同体なので、地域の暮らしに溶け込みやすく、関係も安定するのだと思います。
市の社会福 祉協議会から、秋のつどいに協力要請があるときなど、繁忙期にも関わらず園生たちは楽しんで参加しています。主催者を喜ばせるために参加する高齢の園生もいます。「世間との付き合い」を感覚的に理解しているのかもしれません。
園でのボランティアも、危ない仕事や暑さ寒さに慣れていないと難しい作業が多いので、受け入れには園生に対してよりも気を遣います。美味しいワインを飲んで、楽しんでくれる方がうれしいです。
今後の展開について、特別なプランはありません。今の社会は「もっと努力しないと」という強迫観念が強すぎるように感じており、「自立」という言葉も、あえて使わないようにしています。
毎日仲よく暮らすことや、ささやかな誇りを持って仕事ができることを大切に思っています。そのためには、組織が安定して継続していけるよう注力する必要があります。それはワインづくりと共通点が多いと感じます。
ブドウが雹でひどい被害を受けたとき、私は目の前が真っ暗になって、何も手につかなくなりました。でも園生たちは「また明日」と言って、たくさん食べてぐっすり眠っていました。それを見て、はっとしました。自然相手のことに嘆いてもしかたがありません。「みんなができるそのつどのこと」を愚直に続けていくことの真っ当さに改めて気づかされたのです。
地域に溶け込み、製品やサービスを提供する中で、仲よく暮らすこと、ささやかな誇りを持って仕事をすることの大切さを日々の暮らしから教えてくれるこころみ学園とココ・ファーム・ワイナリー。
特別なことをしなくても、障害があってもみんなでおいしいワインを作りながら豊かな人生を送ろうとする姿勢に気づかされることがあるのではないでしょうか。彼らの試みがこれからも続いていくことを期待しています。
社会事業家100人インタビュー特別企画先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ より
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