9月26日発売の雑誌「ガンダムエース」(角川書店)11月号に、富野由悠季監督との対談が掲載されました。インタビュー企画「教えてください。富野です」というコーナーです。
「こんな時代になんで平常心でそんな活動ができるのか?」と切り出されたガンダムの監督さんとのお話はとても面白く、快諾を得て、ご紹介したいと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
教えてください。富野です VS枝廣淳子
60億人の大量消費行為は、ひょっとすると戦争よりも悪かもしれません。しかし、僕らの世代は新型車を買うのが夢で、その感覚をぬぐうことができないまま地球を消費し続けてきました。
枝廣淳子さんが訳された『成長の限界 人類の選択』を読むと、地球の容量には限りがあると思い知らされます。また、彼女がペットボトルや携帯電話など16品目の使用後をルポした『回収ルートをたどる旅』は、無駄にモノを消費することの罪とそれを少しでも有効活用しようと頑張っている人たちがいるという事実を教えてくれます。
しかし、政治家たちは経済成長を語ることに何の疑問も持たず、人口が減少することが国家的危機感を持って語られます。彼らはいまだ無限の地球という概念しか持たないオールドタイプです。枝廣さんがおっしゃるように、問題は人ではなくシステムなのだとしたら、彼らを動かし、現在のシステムを変えるにはどうすればいいのでしょうか。
環境問題を解決するには、
経済成長を遅らせなければ
富野 僕は最近、新商品のCMを見るだけで憂鬱になるんですよ。これ以上消費を喚起してどうするんだって。そういう人間なので、枝廣さんに一番お訊きしたいのは、何で平常心を持って『成長の限界 人類の選択』のような本を訳せたり、『回収ルートをたどる旅』のような現実を見ていられるのかということなんです。
枝廣 私にとって環境問題に取り組むということは、実は一つの切り口でしかないんですね。環境ジャーナリストの名刺を持っていますし、今はほとんどが環境絡みの仕事をやっていますが、大学時代は心理学を勉強していました。
私は、心の問題も環境問題やその他の社会問題も根は同じだと思うんです。その根源的な原因は、大事なものとのつながりが切れてしまうということです。自分と自分の心のつながりが切れてしまうと鬱になってしまったり、とても苦しくなる。自分と地球のつながりが切れてしまうと、ゴミをどこに捨てようが気にしなくなって、それが環境問題に発展する。
私のやりたいことは、大事なつながりを取り戻すということで、環境問題はそれが最も見えやすいので、今は環境をやっているんです。例えば、『回収ルート~』の取材は、私にとっては非常に楽しい仕事でした。全国各地の小さな町工場で汗をかきながら、その大事なつながりを必死に保とうとしている人たちがいる。そういう人たちの姿に触れることが私にとってはすごく励みになるんです。
富野 なるほどね。
枝廣 もう一つ、今、環境問題を切り口に活動していて思うのは、大げさな言い方になりますが、これは幸せを取り戻す仕事だなということです。環境問題と幸せの問題というのは、私のなかでは同じなんです。本当に大事なことを思い出して、みんながそれを大切にできる社会になれば、環境問題は自然と解決すると思うんです。
今の社会...効率優先で、たくさんモノを作って、たくさん売って、そのスピードで勝負するような世界では、大事なことを考えるために立ち止まる時間がとれないんですよ。そうすると、やはり人の心もすさむし、環境も荒れてしまう。『成長の限界~』を翻訳したときに、一番学んだのがそのことなんです。さまざまな問題を解決するには、誰もが経済の成長が一番大事だと言います。それは先進国でも途上国でも同じです。経済が安定、もしくは発展して、初めて環境のことを考える余裕ができるんだと。
『成長の限界~』の著者たちがシミュレーションの末に得た答えは逆でした。たしかにカギは経済の成長にある。しかし、問題を解決するためには成長を加速させるのではなく、遅らせなければいけないんだという結論に達したのです。
例えば、私も呼びかけ人代表をしている100万人のキャンドルナイトというイベントがあります。夏至と冬至の夜に電気を消して、ローソクの明かりでゆっくりとした時間を過ごそうというもので、今では、800万人を超える人々が参加している。
こういうことを通じて、成長を加速するのではなく、スローな方向へと変えていけないかと思っているんですね。もちろん、環境に取り組んでいる方には自然を守るというような活動をしている人もたくさんいますが、私は、経済活動の方向性や人の心をもっと幸せなほうへと向けられるんじゃないかなという、その切り口として環境をやっている感じなんです。
もちろん、その活動を通して心痛むような場面を見ることもあるし、現実のひどさに怒りを覚えることもあります。ただ、もともとが性善説の楽観主義者なので、今はひどい状態だけどどうしようもなくなる前に何とかなるだろうと思ってるんですね。なので、あまりこの仕事をしていてつらいとか落ち込むとか、そういう
ことはないですね。
繰り返し起こる問題は、個人
ではなくシステムの問題です
富野 いいなぁ(笑)。僕なんかは、『回収ルート~』に登場するような市井の人々の個々の努力があるにも関わらず、そんなことはなきがごとく振る舞う大人たちが国の顔として雁首並べる、この日本という国は一体何なんだって思っちゃう。
枝廣 たしかにこういう活動をしていると、何でわかんないだろうなと思うことは毎日のようにありますね。
富野 それで、どうして平気でいられるんですか?
枝廣 二つ理由があって...一つは、社会というのはモザイクのようにさまざまな局面が合わさったものですよね。たしかにすごく意識の低い人たちはいます。いっぽうで『回収ルート~』でお会いしたような人々もいる。
この7年くらいそういう活動をしてきて、環境に関してはそのモザイクの中の勇気を与えてくれる心強い部分のほうが増えているんですよ。それを私は実感として感じます。環境問題を扱うNGOも増えていますし、各自治体や企業にも環境を扱う部署ができつつある。
もう一つの理由は、ちょっと大きな話になりますが、今、人類が直面している環境問題はたくさんありますよね。その中には、温暖化のように時間との戦いになっていて、しかも全世界の人々が一致団結して取り組まないとみんな道連れになってしまう困難な問題もある。こういう問題は人類が次の段階に進化するためのチャレンジだと私は思うんですよ。
富野 それはSFじゃないですか。
枝廣 そうかもしれません。これまでの人類というのは、自分の身の回り50センチのこと、そしてせいぜい5分以内、政治家なら次の選挙、企業人なら四半期、それくらいしか考えられない。
環境問題を乗り越え進化した人類は、何かを考えたり決めるときに、地球の裏側のことや七世代あとのことまで自然に考えに入れて判断できる。つまり、意識や知覚の広がった、覚醒された人間になると思うんです。そのために温暖化という課題がある。
まぁこれは人間が自分で作り出しているわけですが、進化というのは、その環境に住めなくなると、そこに適応するために起こるものですから、自分で住めない状況になりつつありますが、その中で次の進化が起ころうとしているんじゃないかなと。私は、その進化の兆しをあちこちで、小さなきらめきとして見ているんですね。キャンドルナイトに多くの人々や企業が参加しているのもその一つです。
事態が刻々と悪化しているのは事実なんですが、一つひとつの局地戦を見るというよりも、大きな流れとして人類はどこに向かっているのだろうという目で見れば、一つひとつのことで腹を立てたり、イヤになったりということはないですね。
富野 それは正直うらやましいです。でも、その能天気さがなければ、今の若い子たちには絶望しか語ることができなくなる。何かに向かって頑張れと言えないのなら、子育てはできません。今だけ気持ちよければいいから好きに生きなさいと言うしかない。でも、それだけは口が曲がっても言ってはいけないんです。
枝廣 そうですね。もし人々がモザイクの悪い面しか見なかったら絶望しますよね。で、多くの人は絶望すると行動しなくなるんです。行動しないとまさに望んでいない方向へと行ってしまう...。これはいけない。
今、子供たちの間に静かな絶望が広がっています。私たちが子供の頃には考えなかったようなこと、自分たちが大人になったときに世界はあるのだろうかとか、温暖化で人間は滅びるんだから勉強なんかしたってしょうがないとか、そういうことを子供たちが口にする。
そういう絶望感が広がってしまうと、何かを変えようとする力は生まれません。そういう方向へ持っていくことだけは避けなければならない。日本の少子化にしても、その根本にはこんな世の中に子供を生みたくないという絶望感が結構あると思うんですね。本人たちは意識しなくても、これは無言の抵抗なんだと私は思います。
富野 そのお話はとてもよくわかります。ただ、僕は少子化が大問題だという認識自体まやかしだと思っているんです。しょせん企業にとって大問題なだけなんですよ。だって、明治維新の頃の日本の総人口は三千万人以下だったんですよ。そのくらいの人口で、幕藩体制のなか、それぞれの地域国家があって、地域文化があって、かつ西洋にも対応できていた。
ということは、今の人口が半分になったって日本という国家が滅びるわけじゃない。なのに、誰もそのことを言わない。そこを無視してこうまで少子化を問題化するのが、僕にはすごく不思議なんです。
枝廣 そうですね。環境をやってる人間にとっては少子化は大歓迎です。ただ、世の中全体としてそういう考えにならないのは、先ほどからの話のすべてに共通して言えることなんですけど、これはシステムの問題なんです。例えば、どうしてこんな人が、という人ばかりが閣僚に選ばれることとか、相次ぐ企業の不祥事とか、これらは繰り返し起こる問題ですよね。
富野 全くそうです。
枝廣 繰り返し起こる問題って、個人のせいというよりもシステムの問題なんですよ。なので、そのシステム、構造を変えないかぎり解決はしない。環境問題も同じです。どうして、こんなにも大勢の人たちが一生懸命努力しているのに環境が悪化していくのかというと、彼らの努力が足りないわけでも、考えが足りないわけでもなく、環境に優しい行動をとったほうが得だと思える仕組みがないだけなんです。そこの部分が、日本は特に下手だと思います。
少子化問題に話を戻すと、みんなが本当に幸せになるためにはどうすればよいかということを考えずに、とにかく以前と同じように経済成長するためにはもっと人が必要だっていう話になる。
面白い例があって、スウェーデンでも少子化問題が深刻化したことがあったんですね。そのときにスウェーデンの人たちが出した結論は、数を増やすのではなくて質を上げようということでした。そのために教育を充実させ、子供たちが人としての力をつけられるような手厚い支援をした。生めよ増やせよという支援ではなく、生まれてきた子供たちを大事に育てるということにお金をたくさん使ったんですね。その結果、出生率も上がったんです。
そういうふうに、本当に何が必要かということを考えればいいんですけど、日本の場合は一人生んだら何万円という奨励策のレベルですから、それで生まれてくる子供は本当に幸せなのか...。
富野 そんな粗雑な生まれ方をしたら質はよくはならないですよ。
枝廣 ですよね。
世界でも奇跡的な江戸時代の
記憶が日本人から消えてしまった
枝廣 ヨーロッパ諸国と比べると日本は本質的なことを考えるのが下手だし、長い時間軸でものを考えられない。それは政治も環境問題も少子化問題も同じです。そもそも何が大事なのかという話ができれば、もう少しはましになるとは思うんですけど、なぜかそれができないんですよ。
富野 これは僕の勘ですけど、第二次大戦で初めて外国に負け、その後アメリカの占領政策に飲み込まれていって、自習独学する時間をこの60年間奪われてしまった。それが一番大きいような気がします。
なぜそう言えるのかというと、明治維新と比べれば明らかだからです。日本が明治維新を迎えることができたのは江戸時代のパクス・トクガワーナと呼ばれる260年間の平和があったからです。僕なんかが義務教育や左翼思想で刷り込まれていた抑圧された封建時代というのは間違いで、江戸時代の日本は精神的にも文化的にもとても豊かな時代だった。
一番端的にそれを示すのが識字率の高さです。江戸中期以降の日本人の識字率は70%近かったらしい。浮世草子のようなものが庶民の間で読まれていたり、浮世絵の春画のようなエロ本まで流布していたという基礎学力の高さがあった。寺子屋レベルのものではあっても10歳くらいまでに論語を読むとか、まさに読み書きそろばんを民百姓がやっていたんですね。
だからこそ幕末に西洋文化に対応しなきゃいけなくなったときに、それを平気で飲み込み、それぞれの地域性のなかで上手にそれを咀嚼することができたんじゃないかと思うんです。
逆に第二次大戦以後の60年というのは国民総懺悔をやってしまっために、日本列島という風土でに身につけた知見や体感を我々は見失ってしまったんないでしょうか。
枝廣 おっしゃるとおりで、江戸時代の日本というのは、今、世界中が模索している持続可能な社会そのものだったんですね。外から入ってくるものも外に出すものもなく、すべてを日本のなかで、基本的にお日様のエネルギーだけで回していた。人間の排出物までリサイクルし、それでいてとても豊かな江戸文化があった。人口も安定していたし、すばらしい文化が成熟しました。
その記憶が私たちのなかから全く消えてしまっていますね。たしかに第二次大戦の敗戦が一つの大きなきっかけなんでしょう。その後、日本はこんなにもGDPが増えて、豊かになったはずなのに、メンタリティー的にはいまだに途上国なんですよ。まだまだ足りない、追いつけ追い越せという考え方をしていて、全然人々は幸せそうな顔をしていないんです。
富野 徳川家の直系の子孫である徳川恒孝さんがお書きになった『江戸の遺伝子』という本があって、そのなかで徳川さんは、江戸時代からの日本人のメンタリティーは敗戦までは継続していたとおっしゃっています。つまり、昭和20年までは日本の家族論は途切れていなかった。それがアメリカ軍が占領軍として入ってきて、日本人全部がアメリカ崇拝になった瞬間に、それまでの日本の家族は崩壊してしまった、と。
これはかなり正しい論だと僕は思いました。もう失われてしまっているのに、かろうじて家族が形成されているように見えたのは、一度ぺしゃんこになった産業や経済を復興させていかなきゃいけないというがむしゃらさがあったからで、それがアメリカに追いついたと思った瞬間に、パリンとその殻が割れてしまった。
つまり、この30、40年というのは、明治維新よりも大きな変革の時で、日本の社会の崩壊期だったんじゃないのかなと思うんです。そういう目線で見れば、今の日本人が幸せそうな顔をしていないのも当たり前なんです。
だとしたら、我々はあらためて日本列島が瑞穂の国と呼ばれていたのは伊達じゃないんだということに気づく必要がある。ヨーロッパで飲料水を手に入れることがどれだけ大変かを考えれば、こんなに豊かな水を手に入れられる国土を、本来ならばいかに保全していくかということを考えていくのが政府の仕事じゃないですか。
それを自民党の人たちはどう理解していたのか...。僕がいまだにわからないのが休耕田というものの存在で、田んぼでお米を作らなかったら政府が金を出すというシステムを作り出したことで、どれだけの田んぼが、村が死んだのかということまでを考えると、我々はもう一度幕藩体制に...(笑)。
枝廣 戻ったほうがいいと(笑)。
富野 そこまでは言いませんが、あの志は大切なんじゃないかと思うんです。今言われている民活とは違う意味で、日本の国土というものをもう一度きちっと見直していくことから始めるのが、日本人が今後百年二百年生き残っていくための一番の方策なんじゃないのかという気がするんですよね。
ブータンのように自分たちに
何が大事なのかを考えなきゃ
枝廣 たしかに今まで政府は、農業にしても何にしても、北から南まで全部中央で決めた同じやり方で管理してきましたよね。気候帯が全然違うわけですから、やはりそれではうまくいきません。ただ最近は、財政が苦しくなっているので中央政府は、自分たちがやることを減らして、地方自治体に任せるようになってきています。それはある意味では正しい動きだと思うんですよ。
そのことで自治体に温度差が生まれてきている。本当に自分たちの地域を自分たちの力で守り、作っていこうという自治体は、主体的に町づくり、地域づくりを考えています。そこでカギとなるのがエネルギーと食料の自立です。
岩手県などは今度新しく総務大臣になられた増田前知事の時代からそれに力を入れていて、例えば、県立の小中学校の給食の食材は岩手県産を増やそうと努力し、今では50%を超えていますし、エネルギーに関しても自分たちで作り出そうとしてますよね。風の強い町なら風力発電にするとか、それぞれの地方の特色を生かしてやれることはたくさんあると思うんですよ。
東京だって、これだけ人やモノが集まっているということは、それだけでエネルギーの宝庫だとも言える。東京大油田と呼んで、廃食油を一生懸命集めている人もいます。そういうふうに地域が自立していくのも大事だし、同時に、そろそろ本気で自分たちにとって何が大事なのかをみんなで考えていくことが必要だとも思います。そのときに刺激になっているのがブータンの例なんです。
ブータンって面白い国で、アジアのなかでも貧しい国ですけど、あの国に行った人は、ブータンの人はみんな幸せそうだってよく言います。ブータン国民に「あなたは幸せですか?」と質問したら、94%の人が「はい」と答えたそうです。日本では考えられないことですよね。
富野 先月の対談相手のつやまあきひこさんも同じことを言ってました。なぜブータン人は幸せなんですか?
枝廣 今のブータン国王が20代のとき、70年代のことですが、今後のブータンの国づくりの方向性を探るために、日本を含む欧米先進国を研究したそうなんですね。そこで彼が出した結論は、欧米はGDPを伸ばすという方向性で国づくりをしているが、その結果、環境はボロボロになり、人の心はすさみ、文化は継承されなくなっている。つまりGDPを追求してもいいことは何もない。だったら、そんなことはやめて、その代わりにGNH(国民総幸福量)を大事にしようということでした。
ブータンではGNHの指標があるんですが、その項目は、人々が情緒的にどれだけ満たされているかとか地域社会がどれだけ生き生きとしているかというものです。GDPが増えても国民が幸せになるとはかぎらない。国民は不幸せでもGDPは増えてしまうんですよ。
富野 むしろ、国民の不幸の上にGDPの成長というのはあるのかもしれませんね。
枝廣 そうですね。ただ、ブータンのような考え方が、日本でも世界でも少しずつですが増えてはいるんです。甲府に向山塗料という面白い会社があります。かつては株式上場を目指して、営業利益を上げるために邁進していたんですが、その結果社員は倒れ、社長自身も体を壊してしまった。その後社長は世界を巡る旅に出て、貧困地帯などに行って、ブータンにも出会ったわけです。
戻ってきた彼は、これからは売り上げや利益を目的とするのはやめてGCHを大事にすると言い出しました。グロス・カンパニー・ハピネスですね(笑)。社員全体がどれだけ幸せかを会社の成長の尺度とすると決めて、それに鑑みて会社の売り上げを見ると、大きすぎるという結論に達したんです。
富野 (笑)。
枝廣 売り上げが大きいから、それを維持しようと社員は走り回り、忙しくて疲れて幸せじゃなくなるんだと。だから向山塗料さんの年度の売り上げ目標は毎年毎年マイナス成長なんですよ。ただ、それがすごく難しいそうなんです。
富野 どうしてですか?
枝廣 社員たちが一人ひとりのお客さんに笑顔で丁寧に対応できるようになったおかげで、お客さんが増えちゃうんですって。
富野 あははは。
枝廣 そういうふうに社員と地域の幸せを考え、その適性規模よりも自分たちの会社が大きいのなら小さくする。その勇気ってスゴいでしょ。こういう話を大企業の方にすると、自分たちもできればそうしたいが、大勢の株主がいて、四半期ごとに利益を上げていかなきゃならない仕組みのなかでは、なかなかそれは難しいとおっしゃいます。
ただ、上場している大企業でも、長期的な視野に立てる人に株主になってもらうことで、会社を変えていこうとしているところもあります。すべてがそうなるにはまだまだ時間はかかるでしょうが、そういう流れが全くなかった時代と比べると、かなり広がってきているなとは思います。
必要なものは現れ、いらな
いものは消える日本人の感覚
富野 ところで、枝廣さんが関わっているバラトングループというのはどういう集まりなんですか?
枝廣 『成長の限界~』を書いたデニス・メドウズ氏とドネラ・メドウズ氏の二人が中心になって26年前に作ったグループです。二人はシステム思考の第一人者で、システム思考の研究者や実践家、それから環境問題に取り組んでいる人たちのネットワークとしてこの集まりを作ったんです。
活動としては、年に一度、一週間、50人限定で集まり、朝から晩まで徹底的に議論するというのがメインのイベントで、私は6年前から参加しています。
富野 そこで語られるテーマはどういうものなんですか?
枝廣 今年のテーマは温暖化です。バラトングループは温暖化が世界的な問題となるずっと以前、90年代の初めには温暖化の問題を取り上げていますから、かなり先進的なことをやっているんです。
毎回テーマに基づいたゲストスピーカーを世界中から招き、ゲストも交えて一週間語り合います。もともとはシステム思考を使ってどう世の中を変えるかという議論が多かったんですが、今はシステム思考以外の専門家も多いので、論点となるのは、どうやって政府を変えるか、自治体を変えるか、人々を変えるかというものが中心ですね。
富野 結局、個人がどれほど優れていて、善意にあふれていても、組織が一度成立してしまうと、組織そのものが自己増殖をしていかざるをえない宿命を持っている。それが一番の問題だと思うんですよ。バラトングループでは、組織そのものの自己増殖をどうやってやめさせるのかという議論はしていますか?
枝廣 先ほども申し上げましたが、そのための仕組みを作らないと駄目だと思います。
富野 仕組みを作るということは、組織を作るということとは違う?
枝廣 組織を作るときに、あるルールを植え込むということです。私はNGOの共同代表をしていますが、おっしゃるように組織というのは放っておくと存在自体が目的化して自己増殖をしていきます。私はそうはしたくないので、プロジェクトごとのチームを作るときに、いつ終わりにするかを決めるんですね。
例えば、『がんばっている日本を世界はまだ知らない』という本はボランティアのチームで作ったんですが、この場合は本が出版された時点で解散すると決めました。そうしないで編集チームを残しておくと、いらない本まで作っちゃいますから。
富野 角川書店がそうです(笑)。
枝廣 (笑)。ですから、組織は放っておくと増殖するという認識の上で、そうならないような歯止めの仕組みを組み込んでおく。増殖しようとする人を責めても問題は解決しません。
富野 日本の組織というのは、欧米の組織と比べても独特ですよね。
枝廣 そうですね。いろんな利害関係が錯綜しているのは日本も欧米も同じですが、何か問題があったときに、それを問題ととらえ議論を進める欧米に対し、日本の場合は議論を避けて何とか進もうとしますよね。
組織が自己増殖をしないようにするには、最初にその組織の目的をはっきりさせなければいけません。ところが、この組織が何のためにあるのかとか、何をもって評価するのかという、特に評価の部分が日本の場合は欠けているような気がします。
富野 たしかにそうですね。
枝廣 小学校からの教育もあるのでしょうが、日本人はひとを評価するのを避けようとする傾向がある。でも、目標に照らし合わせた適正な評価をしないかぎり、ちゃんと目標に向かっているかどうかはわからないんですよ。
英語にできない日本語というのはたくさんあって、例えば、「阿吽の呼吸」だとか「察する」という言葉は英語にはありません。でも、日本の場合、ほとんどがそれで動きますよね。閉じられた空間ならそれで問題ないんですけど、そうじゃない場合はそれではうまくいかない。
それと海外での会議に出席するとよく感じるんですが、日本の政府も日本の企業も日本の人々も、すごく内向きなんですよね。日本のこと、自分の会社、自分のことしか考えない。あたかもほかの国やほかの人たちなど存在していないかのように振る舞うんです。
欧米の企業は、それが将来のマーケットにつながるという思惑はあるにせよ、自分たちにできる範囲で途上国の支援などを考えています。同じ地球上に自分たちだけではなく貧しい人たちがいるという意識を、彼らは常に持っている。ところが、日本の企業にはそれがほとんどないんです。企業だけじゃなくて政府にもなければ国民にもあまりない。こういう日本人の性質というのは、世界における日本の立場をとても難しくします。
例えば、ある環境問題に取り組むため、世界共通の標準化された仕組みを作るとします。そのためには世界中から関係者が集まって、どういう仕組みにするか話し合い、何年もかけて作っていくわけですが、そこに日本人はほとんど入らないんですよ。招かれても入らない。その代わり、仕組みができたあと一番よく守るのは日本人なんです。作ってくれれば守るけど、作るところには入らない...。
富野 それはなぜでしょうね。
枝廣 わかりません。
富野 そのことについて、うっすらと気になってるのが、これだけ輸入品に頼っている国民が、いただいてくるところのことを知ろうとしない。それは実際に海外からモノを輸入している商社の人間ですらです。
枝廣 たしかに、ひと昔前に商社の人たちと話したときは、海外に赴任していても日本の本社しか見ていないなと感じました。
富野 でも、食料品でも鉄鉱石でもそれを手に入れるには現地のことがわからなきゃ駄目じゃないですか。
枝廣 実際に商社の人たちが鉄鉱石を堀りにいくわけではなく、現地の会社を動かしているだけですよね。これは商社の人だけでなく、日本人みんなの共通の感覚だと思いますが、必要なものって現れてくれるんですよ。
富野 (苦笑)。
枝廣 それがどこからどうやって現れたかは関係ない。お金を払いさえすれば必要なものは現れる。で、いらなくなったものはどこかに消える。そう思っているんですよ。
富野 人ってそんなに粗雑ですか?
枝廣 粗雑というよりも、これまではそれで問題がなかったんですよ。例えば、今、イヌイットやネイティブアメリカンの部落に行くとゴミだらけだそうですよ。なぜかというと、かつては木の皿を使っていたから、その辺に捨てても問題なかった。でも今はプラスチック製だから分解されて消えることがない。それは粗雑だからではなく、これまで問題なかったからそのやり方を続けているだけなんです。日本人の場合もそうなんでしょうけど、それにしても想像力がなさすぎるとは思いますね。
富野 結局は知恵の問題ですよね。だって人口のことだけ考えても、350年前は全世界の人口が5億だったっていう、この数字だけで何もかもわかるじゃないですか。石油の量はこれくらいで、地球の大きさはこれくらいだっていうのがわかりゃいいだけの話じゃないですか。
枝廣 そうですね。そんな簡単なことが東大出の政治家や官僚はわからない。その人たちは今でも経済成長率3%を死守しようとしているわけでしょ。3%って小さく思えるけど24年で倍増する数字ですよ。24年後に日本経済、世界経済が2倍になることなんてありえないって普通は思いますよね。でも、なぜか彼らはそれを考えないんですよね。
富野 面白い数字を紹介すると江戸時代の経済成長率は年0・3%です。それで260年間続いたんです。
枝廣 そうなんです。成長を抑えるべきだということは、まさに江戸時代が実証しているんですよ。でも、目先の利益や利便性だけを考えるのではなく、自分の周りの人たちや将来のことを考える。そういうふうに視野を広げ、時間軸を伸ばすということをほとんどの人ができない。そこがまだ人類の進化が足りないところですよね。
今、私は、時間軸を伸ばすきっかけやトレーニングを提供していて、訓練すれば前よりはそういうことを考えられるようにはなることがわかっています。ただ、それが世の中に広がっていくにはまだまだ時間がかかる。時間との競争ですよね。温暖化にしても待ってはくれないですから。
大きな問題も原因をたどれば
小さなことにつながっている
枝廣 今の世の中は、人が技術に使われていますよね。やっぱり、それじゃあいけないんですよ。技術に使われ、朝から晩まで必死に働いて、家では疲れ果てて子供の顔も見ることができないという生活は幸せじゃない。でも、それがいけないと言うだけじゃ変わらない。これじゃあ駄目だと言われても、それにしがみつくしかないと信じている人はたくさんいるので、そうじゃないやり方があるんだよと「乗り換える船」を出してあげることが大切なんです。
私は、これからもできるだけ多くの乗り換える船を紹介していきたい。それは海外の事例かもしれないし、キャンドルナイトのようなイベントかもしれない。もしかしたら、こんなふうに環境問題をやっていても楽しく幸せに暮らせるんだよと自分の生き方を見せることもそうかもしれないですよね(笑)。
私は自分の仕事というのは、どれだけ本を書くかとか翻訳するかではなく、死ぬまでに世界を自分の望む方向に何ミリ動かせたかだと思っているんですよ。そのために役に立つと思ったら、いろんな形に職業を変えながらでもやっていくだろうなと思っています。
富野 生き方として、それはとても正鵠を得ていると思います。何よりそういう眼差しを持って生きている大人がいるということが、若い人たちには救いになるでしょう。枝廣さんのような大人の存在を知ることによって、引きこもりの人が外に出てゴミの一つでも拾うかもしれない。ただ町を歩くだけでも、暗い顔で歩
くんじゃなくて、ちょっとでもいい顔で歩く。それだけでも子供たちにとっては大事なんですよね。
枝廣 そうですね。システム思考のなかでとても有名な割れた窓理論というものがあります。割れた窓が多い町には犯罪が多く発生するというもので、逆に町をきれいに保つだけで犯罪は減るんです。実は大きな問題というのは、その原因をたどっていくと、小さな誰にでも解決できることにつながっているんですよね。
町を歩くときににこやかな顔でいるとか、知り合いとすれ違ったときには挨拶をするとか、そういう小さなことがつながって、明るい社会や望ましい世界を作り出すと思うんです。自分にはそのつながりは見えないかもしれないけど、たとえ家でマンガを読んでいるときでも、自分は今この瞬間、世界の裏側の人とも二百年後の人ともつながっているんだと想像する。そう考えて、自分にできる小さなことをやっていけば、それで世界は変わるんです。
富野 そうですね。二百年後の人ともつながっている自分という想像はとても誇らしいことだと僕は思う。やっぱり、二百年後の子供たちが幸せに暮らせる世界にしたいですよね。