ご招待ありがとうございます。今夜、皆さんとご一緒できるこの機会を、とても光栄に思っています。
私の大学での専攻は心理学でした。人々がどのように学ぶのか、それぞれの考えや行動をどのように変えるのか、または変えないのかを勉強していました。当時、日本や世界で、持続可能な未来へ向けての変化を推し進めることになろうとは、思ってもいませんでしたし、NGOや2つの小さな企業を運営しつつ、独立した環境ジャーナリストとして活動し、翻訳者として、アル・ゴア氏の『不都合な真実』や、デニス・メドウズらの『成長の限界 人類の選択』などを訳すようになるとも、思ってもいませんでした。
しかし、1つだけはっきりしているこがあります。今日、私が自分の活動をしていく上で、大学で学んだことが非常に立っているということです。ですから皆さんには、今努力していることが将来どのようにつながるか、はっきりと見えていないかもしれませんが、ぜひ頑張って勉強してくださいとお伝えしたいと思います。
さて、皆さんに1つ質問があります。皆さんは「バックキャスティング」という考え方をお聞きになったことがありますか?
バックキャスティングというのは、ビジョンをつくる1つの方法です。実際、ビジョンをつくるには2通りの方法があるといえましょう。
もう1つのやり方は、「フォアキャスティング」です。フォアキャスティングというのは、「今、何ができるか」を元に考えるやり方です。もし私たちが今できることを続けていけば、将来のある地点で、あるところに達することができる。だからそれをビジョンにしよう、という考え方です。簡単でしょ? そう、実際のところ、フォアキャスティングによるビジョンは、未来が基本的に過去の延長線上にあるときには役に立ちます。ほとんど変化がない、または変化が予測できるときには、使うことができるのです。
しかし、今日生きている私たちにとって、これは当てはまりません。私たちの将来は、過去の延長線上にはありません。私たちはおそらく、大規模な、予期せぬ変化が起こることを目の当たりにするでしょう。
今の時代、ビジョンはバックキャスティングのアプローチでつくらなくてはいけません。現在の状況や制約が何かということは脇に置いて、理想的な将来の状態を描くのです。想像力を使って夢を描くことを恐れてはなりません。
「実現可能かわからないような目標を設定することはできない」と言う人がいるかもしれません。でも、私の答えは、「今、できるとわかっていることだけを目指していたら、人類は月面に着陸することはなかったでしょうね」というものです。
覚えていらっしゃるでしょうか。1961年、ケネディ米大統領は、10年以内に月に人類を送り込むという目標を宣言しました。あの宣言は実際、「バックキャスティング」によるビジョンでした。なぜなら、そのために必要な技術は、まだその時、存在していなかったからです。
しかし1969年、そのビジョンがあったからこそ、米国は人類を月に送り込み、安全に帰還させることができたのです。このように、バックキャスティングのアプローチは、私たちに不可能なことを可能にする方法を与えてくれるのです。
もし私たちが、このバックキャスティングのアプローチを、現在の気候の危機に当てはめたらどうなるでしょう。温暖化を止めるには、人間の活動から排出されるCO2は、地球のCO2吸収量以下に減らす必要があります。IPCCの報告によると、私たち人類は、毎年72億トンの炭素を大気中に放出しており、一方、地球は、森林が9億トン、海が22億トン、合計31億トンの炭素を、大気中から吸収しているといいます。つまり、私たちはまず、毎年の排出量を72億トンから31億トンに減らさなくてはならないのです。
これは60〜80%の削減を意味します。これが、私たちが長期的に達成しなくてはならない目標なのです。12月に、人々はコペンハーゲンの気候変動にかかわる交渉に加わり、その長期目標をどのように達成するかについて話し合います。メディアで、さまざまな議論を聞くことになるでしょう。その中で、人々が何と言っているか、注意深く、ぜひ聞いてみてください。誰がバックキャスティングのアプローチをとって、究極的に人類がすべきことを意識し、語っているか。そして、誰がフォアキャスティングのアプローチをとって、既得権益を守ろうとしているのか、見分けることができるでしょう。
温暖化は大きな課題ですが、それは真の問題ではありません。温暖化は、より深い問題の症状にすぎないのです。私たちは、温暖化の緩和と適用の努力をすると同時に、そのより根源的な問題に取り組まなくてはならないのです。
その根源的な課題とは、「私たちは有限の地球の上で無限の成長を続けることはできない」ということです。地球の大きさは、46億年前に地球が生まれてから増えてはいません。地球上の資源だって増えていない。唯一の大きな外から入ってくるものは、太陽からの太陽光線だけです。
しかし、私たちの地球に対する影響――人口、資源の消費量、廃棄物の排出量――は、すべて劇的に増大しているのです。特にこの50年間そうです。私たちは、地球の環境扶養力を大きく超えた暮らしをしているのです。最新のエコロジカル・フットプリントの指標を見ると、私たちは、人間の活動を支えるために、今や1.4個の地球が必要になっています。もちろん、地球は1個しかないわけですが。
そこで私たちが取り組むべき課題とは、どうやって私たちの影響を地球の環境扶養力以下に減らすことができるかを見いだし、それを達成するための行動をとることです。地球の限界の範囲内に戻るために、私は3つのことが必要だと考えています。
最初は、技術的なイノベーションです。私たちは、効率向上のための技術を開発する必要があります。それによって、資源の消費量、エネルギーの消費量、温室効果ガスや固形廃棄物の排出量を減らすことができます。しかし、必要なのは技術的なイノベーションだけではありません。
そう、2番目に、社会的イノベーションが必要です。つまり、社会や経済のシステムを改革したり、つくり出すことによって、省エネ・省資源型の技術や地球に対する影響を少なくしたライフスタイルを普及していくということです。環境税やそのほかのインセンティブの仕組みは、社会的イノベーションにおいて重要な
役割を果たします。
ここ世界資源フォーラムで、私は、技術的イノベーションや社会的イノベーションについて、多くを学べることを楽しみにしています。しかし私は、それよりもさらにもう一歩深く進むことが必要だと思っているのです。
人類が必要としている3つ目のものは、持続可能性を考慮に入れた新しい文明をつくり出すことです。私はこの点を強調したいのです。私たちは、経済活動において、「効率」だけではなく、「足るを知る」に重きを置いた文明が必要なのです。「もう十分」という人間の知恵、心持ちを培うことが必要なのです。
それを行うために、私たちは、働き、生きることの究極の目標を、もう一度見直す必要があります。ご自分の心に聞いてみてください。私たちは、自国のGDPを増やすために働き、生きているのでしょうか? それとも私たちは、幸せを増やすために働き、生きているのでしょうか? 私は、自分たちの暮らしや社会の究極の目標は、幸せを大きくすることだと考えています。GDPや経済成長は、単にそのための手段にすぎないのです。
そこから次の点につながってきます。私たちは、「目的」と「方法・手段」を区別する知恵を身につける必要があるのです。この世界資源フォーラムでのさまざまな議論の中で、おそらく皆さんは、その両方を耳にするでしょう。ぜひ注意深く聞いて、その2つを区別するよう、心掛けてみてください。それが学生レポーターとしての、皆さんにとっての重要な役割の1つですし、何が本当に大事かを見たり考えたりしようとする上で、自分をトレーニングするよいやり方になりますから。
こういったことが大事なことなのです。私たちがやるべきことは、目的と手段の区別をすること、現在の技術や考え方を基盤としたときに、「どこに行けそうと思っているか」ではなく、「どこに行きたいか」にもとづいてビジョンをつくることです。
明日、ワークショップ5「新しい経済の枠組みに向かって」で、私は日本やほかのアジア諸国から新しい考え方や事例について話をします。そのような例が、自分のメンタルモデルを見つめ、それを変えたいと思っている人たちの役に立てばと願っています。
このフォーラムで、さまざまな考え方を交換し、ビジョンを共有し、私も多くを学んで、自分の国や世界で変化を培っていく上で、より効果的になれればと思っています。会議の間、若いレポーターの皆さんとおしゃべりすることも楽しみにしています。私たちのNGOにもユースチームがあるんですよ。何かプロジェクトを一緒にできるかもしれませんね。私を見掛けたら、いつでも話し掛けてくださいね。
聞いてくださってありがとう。では、バックキャスティングを始めましょう!