エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2007年08月29日

precautionary principle

 

 「予防原則」は、近年EU(欧州連合)などの環境行政や、環境をめぐる国際的な外交交渉のキーワードのひとつです。precautionary approach(予防的措置)とも言われます。

 precautionaryは「予防、用心」を意味するprecautionの形容詞で、「予防的な、用心のための」という意味で、principleは「原則」です。

 予防原則は「Better safe than sorry.」の原則とも言われます。これは、「転ばぬ先の杖」という諺の意味を持ちますが、「危険を冒してあとで後悔するより、安全策でいった方が良い」ということです。

 「予防原則」は、「予防的に物事を考えましょう」という一般的な姿勢を指すものではなく、また、「少しでも疑わしいものは一切禁止すべき」ということでもありません。

 化学物質や遺伝子組み換えなどの新技術などの新技術などに対して、人の健康や環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする考え方です。欧州委員会では「本質的には政策決定者がリスクマネジメントの中で用いるもの」と述べています。

 予防原則は、1960年代後半~70年代のドイツの環境政策に始まり、次第に国際会議の宣言、議定書などでも採用されてきました。

 92年の地球サミットで出されたリオ宣言は、第15原則で予防原則について、「環境を保護するため、各国はその能力に応じて、予防的措置を広く適用しなければならない。深刻なあるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如を、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由としてはならない」と、述べています。

 予防原則のカギは、「不確実性(uncertainty)」です。有害な影響を与える可能性が非常に高いが、科学的な不確実性のために、その因果関係を科学的に証明できない場合、どうするか?――を考えるアプローチが予防原則なのです。

 未然防止(prevention principle)という言葉もありますね。これは、因果関係が科学的に証明されるリスクに関して、被害を避けるために未然に規制を行なうことで、因果関係が証明されているか、いないかという意味で、予防原則とは異なります。

 EUなどの化学物質政策には予防原則が採り入れられていますが、日本ではまだそれほど議論されておらず、法律にも入っていません。ただ、環境白書や新環境基本計画では言及されています。

 予防原則の適用例には、オゾン層破壊に関するモントリオール議定書や、欧州委員会がBSE(牛海綿状脳症)対策として英国からの牛肉輸出を禁止した措置などが挙げられます。

 私は、予防原則とは「絶対に安全」「絶対に有害」という二分法から脱却し、科学的な曖昧さとどう折り合いをつけて生きるか、という人類の進化の過程ではないかと思うのです。

 

このページの先頭へ

このページの先頭へ