○コスト・リテタラシーを高めよう
鳩山首相は国連気候変動サミットで「温室効果ガスを2020年までに90年比で25%削減」という中期目標を発表した。前政権は、「25%削減なら、1世帯当たりの負担は年間36万円になる」と主張し、「国民はこんな負担は受け入れられないはずだ」と高い目標設定を拒否した。経済界も新聞各紙に「考えてみませんか?私たちみんなの負担額 3%削減でも一世帯あたり105万円の負担」との全面広告を出した。
○温暖化対策待ったなし
このような主張で脅かされてはいけない。何かをするなら、コストが発生する。祈っているだけでは温暖化は止められない。そして、未来世代への影響を考えれば、温暖化対策は「コストがかかるからやらない」というものではない。
民主党政権は前政権の計算の見直しに入ったが、これから間違いなく負担論の議論が増えてくる。政府の「正しい計算」と同時に、国民の「コスト・リテラシー」を高める必要がある。
私は市民向けの講演で①「いくらかかる」と言われたら②「それによって削減できるコストや生じるメリットは?」③「それをやらなかったときのコストは?」と聞いてみよう、と伝えている。
私たちは「何をしたらいくらかかるか」だけで話をしがちだ。①の「Cost of action」(やるときのコスト)である。
一方、「そうすることで、いくらトクするのか」も考える必要がある。省エネ設備に替えたらエネルギー消費量とコストが減る。太陽光発電をつけたら電力料金が減る。また、「膨大な投資が必要」とは、それだけ経済や市場にお金が回るといううれしいことでもある。これが②の「Benefit of action」(やることのメリット)だ。
同時に、「それをやらなかったら、将来のコストは?」も忘れてはならない。新興国等の石油需要は増える一方、産油量はじきに(すでに?)ピークを迎え、化石燃料の価格や化石火力発電コストが高騰していく。省エネ設備や自然エネルギーを導入しなければ、将来的にどれほどのコストがかかることになるのか?
○やらなかった場合は?
そして温暖化が止められなかった時、将来世代はどのようなツケを払うことになるのか?これが③の「Cost of Inaction」(やらなかったときのコスト)だ。
コストについては、この三つの点を漏れなく提示し、考え合わせて判断することが大事である。
温暖化対策について「家庭ではいくら負担してもよいか」と聞いた内閣府の世論調査を引いて、「月額1000円以下と言う人が6割以上いる。国民は負担したがっていない」と結論づける論調がある。「1000円、捨てますか?」と聞かれたら、だれだって「いやだ」と答える。「今お金をかければ、こういうメリットがあります。そして、今お金をかけなければ、将来こういうコストやデメリットが生じます」という全体像を示して初めてきちんとしたコストや負担の議論ができる。
そして、きちんと説明すれば、きちんと考える力を国民は持っている(前政権や官僚はあまり信じていないようだが)。
○納得いく説明あれば
今年3月、再生可能エネルギーの普及を促進する「固定価格買取制度」について一般の主婦300人を対象にアンケートを行った。環境省研究会の試算から「この制度を中心とする政策によって、2030年までに、現状の55倍の太陽光発電を導入でき、化石燃料の節減や太陽光発電の輸出増加などで約48兆円のGDPと約70万人の雇用を創出、エネルギー自給率は現在の約5%から約16%まで上昇、多くの二酸化炭素(CO2)を削減できる」と説明した上で賛否を問うたところ、53%が「電気代が月平均260円アップしても賛成」。「コスト負担が増えるなら反対」は全体の5%だった。
温暖化対策のコストや負担についての議論は、一人ひとりがしっかり全体像をつかんで考える力をつけ、日本が真の民主的な社会になっていくためのよい練習問題ではないか―そのように感じている。
出所:日刊工業新聞 11月2日付