私たちの生活にとても身近なマジックテープ。これがどうやって開発されたか知っていますか? スイスのある人が猟に出たとき、猟犬の毛にゴボウのいががひっかかり、なかなか取れなくて手こずったことがあります。これをヒントにマジックテープが作られたそうです。
このように、人間社会の問題を解決するために、自然のモデルを研究し、そのデザインやプロセスをまねる、またはそこからインスピレーションを得る新しい科学を「バイオミミクリ」といいます。「バイオ」というのは生物とか命という意味です。「ミミクリ」は、まねするという意味の英語mimicryのことです。つまり、バイオミミクリとは、「生物のまねをしましょう」ということになります。
過酷な環境で生き延びるために、生命はその誕生から38億年かけて「技術」を進化させてきました。38億年の生命の知恵は想像を絶するものです。これまでも私たち人間は、こうした自然界からヒントを得てさまざまな技術を生み出してきました。レオナルド・ダ・ビンチは、トンボやハチが空中停止をする様子にヒントを得て、ヘリコプターの原理をスケッチしたと言われています。ライト兄弟もまた、鳥の翼が「上面と下面で断面のカーブが違う」ことを発見し、飛行機の設計に取り入れました。
日本でも、昔から自然に学ぶという考え方はありましたが、バイオミミクリというひとつの学問になったのは1990年代のアメリカでのことでした。日本ではあまり情報共有が進んでいませんが、今も世界各地でバイオミミクリの研究が進んでいます。その事例を2つご紹介しましょう。
自然と調和しながら生きる
ひとつはハスの葉っぱです。ハスの葉っぱには泥もほこりもなく、いつもきれいです。その秘密はどこにあるのでしょうか。研究の結果、葉っぱの表面に小さな突起がたくさんあることがわかりました。すると、雨が降ったときに、雨粒がコロコロと葉っぱの表面を転がります。そしてそのときに汚れも一緒に洗い流してくれるのです。つまり、葉っぱ自体が、雨が降るだけで自動的にきれいになるような構造になっているのです。
ここからヒントを得たドイツの会社は、雨と重力だけを使って汚れを落とす「洗剤のいらない建物の外壁」を開発しました。外壁の表面をハスの葉っぱと同じような構造にして、雨が降れば汚れがつかず清掃の手間がかからないという便利な外壁ができたのです。
もうひとつの例は、オウムガイという貝です。生きた化石と言われていますが、これだけ長い間生き残れるということは、それだけいろいろな秘密があるのでしょう。オウムガイの貝殻のらせんは、とても独特な形をしています。よく調べてみると、この形が最も摩擦や抵抗が少ないのだそうです。オウムガイは、動くときに余分な力がいらない形状の貝殻を、生き残るために長年かかって発達させてきたのでしょう。
この仕組みをまねして実用化した扇風機があります。アメリカの会社が開発したこの扇風機は、摩擦や抵抗がいちばん少ない形の羽根を採用したおかげで、エネルギーも騒音も大きく下げることができました。
地球上に生命が生まれてから、ずっと自然淘汰されて生き残ってきた生物は、素晴らしい知恵と生きるすべを持っています。人間以外の生物は、化石燃料に頼ることなく、ほかの生物と上手に調和をして生きていく知恵を持っているのですね。
私たち人間は今改めて、こうした自然に学ぶ技術の可能性に注目すべきではないでしょうか。生命の歴史38億年をかけて淘汰され進化してきた技術には、環境負荷を減らし、持続可能な社会をつくるヒントがつまっているからです。
先月ご紹介した、私が共同代表を務めるNGOジャパン・フォー・サステナビリティのウェブサイトには、このバイオミミクリの研究やストーリーをたくさん集めた事例集があります。カテゴリー別に整理したユニークな事例や、日本の研究者にインタビューしたレポートをご覧になれます。
http://www.japanfs.org/ja/biomimicry/
2008年11月号