エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

第11回

お金の流れを変えよう

 

 米国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機が、あちこちに飛び火して深刻さを増しています。この国際金融市場の混乱と地球環境問題に共通点があるといったら、ピンと来るでしょうか。
 元日本銀行総裁の福井俊彦さんから、興味深いお話を伺う機会がありました。今の金融市場の混乱は、世界経済全体が、地球環境資源、エネルギー資源、あるいはその他素原材料などの、資源制約という絶対的な天井を意識し始めた途端に、マーケットがそれまでの経済の動きに対して、その過剰部分に急ブレーキをかけている状態だというのです。次の長期的な均衡は何かを探る努力を促している、そういう現象だとおっしゃっていました。
 この見方は、「なるほど!」と納得がいくものです。「絶対的な限界があることを認識した上で、どう次の均衡を見つけるか」が大切なのは、金融や経済の世界だけではありません。地球環境問題についてもまさに同じことがいえます。
 地球温暖化を止めるためには、私たちの暮らしから出る温暖化効果ガスの排出を、地球が吸収できる量まで――つまり絶対的な限界を上回らないように減らす必要があります。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、現状から60~80%の削減が必要です。
 この物理的な限界に従った形で、日本を含め各国で削減目標を設定して努力を始めてはいますが、実際には世界のCO2の排出量は減るどころか増加の一途をたどっています。
 国別に見た場合、たとえばドイツ、スウェーデンなど、欧州諸国では、一人当たりにしても総量にしても減っている国もありますが、日本は残念ながら、まだそのどちらも増えています。

古びたルールを見直す

 私は講演などで全国のいろいろな方々と話をする機会がありますが、本当に多くの方が環境問題を解決したいと高い関心を持っていることを感じています。それにもかかわらず、排出量を一向に減らせないのはどうしてでしょうか。
 日本には資金も技術もある。そして国民の高い意識もある。しかし残念ながら、それを実効性につなげていく仕組みがまだ、ほかの国に比べて弱いのではないかなと思います。
 私たちの生活は企業活動を含めて、国や自治体がつくるさまざまな「ルール」の上に成り立っています。これまでのルールの大部分は、温暖化やエネルギー問題が顕在化する前に設定されたもので、「エネルギーは使いたいだけ使える」という前提でつくられています。今後のエネルギー不足時代に向けて、ルールを変更することでエネルギー消費の絶対量を下げていく必要があるのです。
 このルール変更のうち、最も効果的なのがお金に関するルールを変えること、つまり「値札を変える」ことです。一般的に、私たちは安ければたくさん使い、高ければ考えて少しずつ使うようになります。ですから、「たくさん使えば使うほど単位料金が高くなる」というルールにすれば、元々あまり使わない人には影響を与えずに、大口需要家の行動を変えることができます。
 もちろん、エネルギー不足が顕在化するにつれ、価格は上がっていきますが、そのように否応なく価格が高騰する前に、価格というシグナルを用いて、人々の意識を変えていければ、思いもよらない価格高騰にパニックが起きるような事態を回避できるでしょう。
 また、既存の値札を変えるだけでなく、新たにつけることもできます。今秋から、産業界では「排出量取引」という仕組みが始まりました。これは「炭素に価格をつける」という新しいルールです。この制度は、企業などが定められたCO2排出削減目標に対して、その目標達成のために、他社が目標以上に削減した「余剰分」を購入して充当することもできるという仕組みで、CO2に取引価格をつけ、市場メカニズムを活用して、削減努力を促そうというものです。
 世界が低炭素化へ向かっている今、お金の流れも徐々にその方向に向かって動いていくことは間違いありません。そのとき、省エネや再生可能エネルギーの技術もある日本は、それを実際にどうやって世界の中のお金の流れに生かしていくのか。国や自治体の取り組みに期待しつつ、私たちも身の回りのルールを見直してみませんか。

2009年2月号

 

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