経済や社会の進歩を測る指標として、私たちはよく「GDP(国内総生産)」を使います。「GDPが上がった」と言っては喜び、「GDP成長率が十分ではない」と言っては、何らかの手を打とうとします。でも、本当にGDPは、私たちの幸せの進歩を教えてくれるものなのでしょうか?
GDPは、何であってもモノやサービスが売れてお金が動けば増えます。人間の幸福に役立つ・役立たないにかかわらず、あらゆる経済活動(モノの生産や流通)を合計するものだからです。ですから、交通事故が起これば起こるほど、環境破壊が進めば進むほど、家庭内暴力が起これば起こるほど、GDPは増えるとも言えます。
逆に、GDPにカウントされないけれど、幸せをつくり出すものもあります。たとえば、お父さんやお母さんが子どもに絵本を読んであげる――これは素晴らしい幸せをつくり出していますが、お金は一銭も動きませんから、GDPは増えません。どんなに汗を流して山に木を植えたり、町の清掃をしたり、ほかのどんなボランティア活動をしても、お金が動かないかぎり、GDPには影響を与えないのです。GDPは、単に経済の中で動く「お金の量」を測っているにすぎないのです。
環境を考えるとき、経済成長と本当の意味での幸せとの関連について、とらえ直す必要があるのではないでしょうか。このようなGDP至上主義に対して、ユニークで本質的なアプローチをしている国があります。ブータンの「GNH」です。GNHとは、Gross National Happinessの頭文字で、GNP(国民総生産)ならぬ「国民総幸福度」のことです。
幸福という概念は主観的なものですし、国際的に一律の尺度で測れるようなものではないため、GNHはあくまでも概念的なものとして考えられていました。しかし、この考え方が知られるようになり、「GDPのように、指標として数値化できないか」という声が高まり、1999 年から具体的な研究がスタートしました。そして昨年11月、ブータンで開かれた第4回GNH国際会議でいよいよGNH指標の取り組みが発表され、私もその場に参加してきたのです。
GNHの4つの柱は、公正な社会経済発展、環境保全、文化保存、よい統治です。ブータンはこれを、国家を運営する上での大原則としてきました。指標化にあたっては、この4つの柱を測るために9つの領域に沿って、72の変数が選定され、調査が行われました。9つの分野とは、生活水準、健康、心理的・主観的幸福、教育、生態系と環境、コミュニティの活力、バランスのよい生活時間活用、文化の活力と多様性、よい統治です。
会議では、この9つの領域それぞれについて、どのような変数を取り上げ、測定した結果がどうであったか、という発表がブータン側から行われ、他国からの参加者は、それぞれの幸せの測定などに関する研究や現状を発表し、活発な議論が交わされました。
「本当の目的」は何か?
一人当たりのGDPで測ればブータンは発展途上国です。でも、GNHという考え方を掲げて自然保護を優先的課題として取り組んできた結果、ブータンの国土の26%は自然保存地区で、72%は森林地区になっています。同時に、経済的には豊かでなくても、ホームレスや物ごいのいない社会を実現しているそうです。ブータンでは「あなたは幸せですか?」という質問に、国民の90%を超える人が「幸せ」と答えたそうです。
もちろんGNHを提唱しているからといって、ブータンが理想郷であるわけではありません。ブータンの国内にもさまざまな問題があると聞きましたし、特にテレビが入ってきてから、若者の犯罪が増えてきていると憂慮されています。
GNHを政府が推進するといっても、国民に幸せを約束するわけではありません。国家、政府として、個人がそれぞれGNHを追求できる条件を整えることを約束しているのです。「ブータンの中に、GNH経済、GNH政治、GNH文化をつくっていかなくてはならない」という言葉も会議では聞かれました。
「お金や物質的な成長を追い求めることは、本当に幸福のために役立つのか? 逆に、損なっていることはないか?」―ブータンのGNHの考え方は、私たちに「本当の目的」の問い直しを投げかけています。
*GNH指標の詳細は「ブータン研究所」のウェブサイトに掲載されています(英語のみ)。
http://www.grossnationalhappiness.com/
2009年6月号