私たちは、食料や衣類、その他さまざまなモノを消費しながら生活していますが、その多くは遠くから運ばれてきます。温暖化防止対策として、「できるだけマイカーよりも公共の交通機関を使いましょう」と言われていますが、人の移動だけでなく、私たちの暮らしを支えるモノの移動、つまり物流にも注意を払うことが大切です。
同じモノ・距離を運ぶなら、最も環境効率のよい輸送手段に転換することを「モーダル・シフト」といいます。具体的には、自動車や航空機による輸送を、比較的CO2排出の少ない鉄道や船舶にシフトしていこうという動きが多く見られるようになってきました。
みなさんが東京から大阪へ、荷物を送ったとしましょう。現在、このような都市間のモノの輸送は、その大半がトラックによって行われています。トラックでモノを運ぶと、鉄道や船に比べて、多くのCO2が出てしまいます。運輸部門からのCO2排出の大半は、トラックを含む自動車によるものなのです。
1960年代半ばには、鉄道が国内輸送の約30%を担っていたのですが、今ではたった4%です。現在のトラック中心の物流を、地理的な条件や輸送距離などに応じて、いかにバランスよくほかの輸送手段に転換していくか、それによってCO2などの環境への悪影響をいかに減らすかが大事です。
幸い日本は、他国に比べても鉄道網がすばらしく発達しています。また、各地の港も整備が整っており、海運網も整備されています。鉄道や船での輸送は、戸口から戸口へのトラック輸送に比べると、確かに少し時間がかかるかもしれません。それでも、いまは「すぐに必要」でないものまでが、トラックで輸送されています。今後は、「すぐに必要」なものは、相応の高い値段でトラック輸送を頼み、それ以外のものは、鉄道や船での輸送をベースにしていくことになるでしょう。
未来の負荷低減に先行投資を
日本の中でも最も多くの荷物が行き来しているのは、東京~大阪間です。この区間は人の移動もたいへん多いため、客車の合間をぬって走る貨物列車は本数が限られてしまい、いま以上に輸送力を上げることが難しいのです。
そこで、東京~大阪間に物流専用の新幹線を作ろう!という「東海道物流新幹線(ハイウェイトレイン)構想」が生まれました。大量輸送・省エネルギーなどに優れた鉄道の特性と、利便性・機動性に優れたトラックの特性を融合させ、環境負荷が低く、利用者のニーズに対応できる「新しい幹線物流システム」となることを目指しています。
現在、建設・計画中の「新東名・新名神高速道路」の中央分離帯などの道路空間を活用し、最先端の技術を駆使した「物流専用鉄道」を開設、東京~大阪間の約600キロを結ぼうという構想です。
一列車あたり、最大25両程度を連結する列車編成にすると、10トントラック40台分に相当します。一日当りの輸送力は最大約20万トンで、10トントラック2万台分の輸送が可能になると想定されています
この東海道物流新幹線が導入されると、どのような効果が期待できるでしょうか。
まずエネルギー効率の向上です。鉄道の場合、1トンの貨物を1キロ輸送するのに必要となるエネルギー量は、トラックの約1/7。JRの試算では、軽油換算で年間約18億リットルのエネルギーを削減でき、CO2の排出も、年間約300万トン削減できるだろうと見ています。
これが実現すれば、現在トラック輸送に頼らざるを得なくなっている、この区間の物流を大きく変えることができます。もちろん、このインフラを整備するために、多額の投資が必要となりますが、今後のエネルギー価格の高騰や、発生するCO2の対策費、トラックによる大事故や渋滞による社会全体の損失を避けられることを考えれば、国としても元が取れる投資になるでしょう。
ちなみに、みんながお世話になっている新幹線は、東京オリンピックの開催に合わせて1964年に開業しました。東海道新幹線の構想が生まれたとき、日本中のほとんどが反対したといいます。それでも「この区間の人の移動はこれから大きく増えるはず」と、先を見越して決断した、その先見性と信念があったからこそ、いま私たちは東京~大阪間を2時間半程度で快適に移動できるのです(自動車なら8時間ぐらいかかります)。
毎日約40万人が東海道新幹線を利用しています。これだけの人が、それぞれ自動車で移動していたとしたら、渋滞や交通事故、CO2や排気ガスの量などはどうなっていたのでしょうか……?
どんなビジネスにおいても、また私たちの暮らしにおいても、先を読み、未来を描く重要性が伝わってきます。
2009年10月号