エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

第21回

どうしていつも「手遅れ」になるのか?

 

 ちょっと想像してみてください。仮に今、私たちの暮らしや経済活動から出るCO2がゼロになったとしたら、温暖化も止まる? いえいえ、残念ながら、そんなことはないのです。これまでに排出し、大気中に蓄積しているCO2があるため、しばらくの間は気温や降雨パターン、海水位などは変化し続けます。では、その影響はどのくらいの期間続くと思いますか?
 答はおよそ1000年だそうです。今すぐにCO2排出をゼロにしても、こんなに長期間にわたって影響が続くなんてびっくりです。その理由は「時間的遅れ」と呼ばれる仕組みが働くためなのです。
「ストーブに触ったら熱かったから手を引っ込めた」というように、原因と結果が時間的・空間的に近いところにある問題には、私たちも対応しやすいものです。でも、温暖化をはじめとする環境や社会の問題では、何かが起きた後、しばらくしてから(時には忘れてしまうほど後になってから、または何世代も経てから)その影響が出てくる、ということがよくあります。こういう問題には、今の私たちの思考や行動のパターン、また社会や経済の仕組みでは、なかなか対応できません。
 この連載でたびたび触れてきた「システム思考」の特徴のひとつは、この「遅れ」を考えに入れることです。私たちを取り巻く社会というシステムは、さまざまな要素のつながりでできています。そのつながりが、即座に影響を伝えるとは限らないため、「遅れ」という現象が生まれます。そのため、システムの動きがとても複雑になってしまうのです。
 お湯と水の二つの蛇口があるシャワーの湯温を調整しているとしましょう。浴室からずっと離れた場所にボイラーがある場合、手元の蛇口をひねっても、シャワーの温度はすぐには変化しませんね。なかなか温かくならないので、お湯の蛇口を全開にしたら、急に「熱い!」と飛び上がることになるかもしれません。逆に、いくら待っても熱いままだからと水の蛇口を思い切りひねると、そのうち今度は「冷たい!」と震え上がる、ということになりかねません。蛇口の変化に対して、シャワーというシステムの対応に「遅れ」があると、このような状況になってしまうのです。
 あるいは、車を運転していて、前方の信号が赤に変わるのが見えたとしましょう。たいていは、信号機のちょうど手前でスムーズに車を止めることができるでしょう。信号の場所を伝えてくれる、正確でわかりやすいシグナルがあり、脳がそのシグナルに速やかに反応し、ブレーキを踏もうと思った途端に足が動き、ブレーキがすぐに効くために、停止線の前で止まることができるのです。
 もし運転席のフロントガラスが曇っていて、助手席の人に信号の場所を教えてもらわないといけないとしたら、どうなるでしょうか? コミュニケーションのわずかな遅れから、停止線を行き過ぎてしまうかもしれません。助手席の人が「信号が赤に変わったよ」と言っても、運転者が信じなかったり、ブレーキを踏んでから効き始めるまでに時間がかかったりすると、やはり停止線を行き過ぎてしまいます。

「遅れ」を考慮して、今すぐアクションを

 政策における意思決定の遅れも、時間的な遅れを生み出します。ある問題が認識されてから、関係者全員が問題を認め、対応するための行動計画を立案し、大勢が受け入れて実行に移すまでには、何年も、時には何十年もかかることがよくあります。
 温暖化のように複雑なシステムでは、本当にまずい事態になったら腰を上げようという「様子見」の姿勢は、とても有効な戦略とはいえません。危機が迫ってから対策を講じようと思っても、その意思が実際の省エネ機器や自然エネルギー設備などという形になってCO2排出を減らし始めるまでに、大幅な「時間的遅れ」があるからです。さらに、冒頭に書いたように、排出が減り始めてから大気中のCO2濃度が低下するまでにも、長い時間がかかります。
 温暖化については、「様子を見て、本当に気温が上がってきたら、何か手を考えよう」と「様子見」をしていたら、本当にそうだったと思ったときには、手を考えたり打ったりしても、壊滅的な影響を避けるには手遅れになってしまう時期に来ています。
 この12月、世界各国の環境大臣がデンマークのコペンハーゲンに集まり、京都議定書の約束期間が終わる2013年以降の温暖化対策について話し合います。新政権となった日本政府は、「1990年比で2020年までに25%削減を目指す」という、かつてない意欲的な目標を掲げました。この姿勢が世界各国を動かし、これまでの「様子見」から「実効性のある真剣な対応」へと変えていく力になるよう、私たちもぜひ応援しましょう。

2009年12月号



●参考リンク

パタゴニアのサイトに熱海のブルーカーボンの取り組みが紹介されました
https://bluecarbon.jp/news/001999.html

日本・世界の取り組み _ ブルーカーボン.jp
https://bluecarbon.jp/initiatives/
 

 

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