Image by アディ.
北海道・下川町や熊本県・南小国町、島根県・海士町など、いくつかの地域のまちづくりのお手伝いをさせていただいています。ほかにもあちこちの地域の取り組みを取材させてもらったりしています。
そういう経験から、考えてきたことを先日フェイスブックに投稿したところ、大変多くの方がコメント・シェアしてくださったので、少し書き足してアップしました。
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「まちづくり」の主体者は誰なのだろう?と考え続けている。
日本の地域が直面している多くの課題を前に、将来を見据えたまちづくりの取り組みを進めている町もあれば、そうでない町もある。そうしたいと思っている人がいても、そうできない町もある。その違いはどこにあるのだろう?
私の問題意識を共有しておく。
人口減少・高齢化、地方交付税など中央からの資金の先細りが避けられない状況下で、それでも持続可能で幸せな地域にしていこうとするならば、少なくとも以下の「3つの力」が不可欠である。
(1)敏捷性
「これまで通り」や「決まったこと」に縛られず、きちんとした理由と根拠を持って、必要があれば機を見て進路変更ができる力。
多くの行政にとって苦手なことであり、「変わり身が早い」ことは批判・非難の対象となるため、回避しようとする。
(2)長期的見通し
根拠のないバラ色の将来を描く力ではなく、現状のデータと今後の見通しをしっかり把握し、それが自分の町にとって何を意味するのか、残された時間と変えられる幅はどの程度なのかを客観的に冷静に計算する力。また、その見通しをだれにでも理解できる形に「見える化」する力。
(3)痛みを乗り越える力
日本の多くの地域は今後「これまで住民に提供していたものが提供できなくなる」状況に直面する。
だれだって便益や特権を取り上げられるのは嫌である。「なぜ去年あの人はもらえていたのに、自分はもらえないのか」「なぜあの地区・グループはもらえて、自分たちはもらえないのか」という状況に、批判・非難をかわそうとだれにでも良い顔をしつづけるとしたら、破綻が早まる。
きちんとデータと見通しを示し、なぜ痛みを甘受しなくてはならないのか、それがどのような町の未来につながるかをしっかり伝えて、住民とともに痛みを乗り越えていけるか。
最悪の組み合わせは、
「次の選挙に当選することしか考えていない首長・議員
+
短期的な自己利益しか考えていない住民
+
これまでどおりをやっているだけの行政職員」
である。
行動経済学でいうところの「損失回避性」「現状維持バイアス」という人間の強い傾向が相まって、これは「無変化・衰退」の方程式だ。
一方、課題に向き合って確実に進んでいる地域もある。そういった地域のようすを見ていて、その「原動力・進め方」にはいくつかの潜在的な成功パターンがあることが見えてきた。
その成功パターンを強化するために、関わっている地域で自分は何をすべきなのか?
その成功パターンをほかの地域でも創り出すためにできることは何なのか?
時間が無限にあれば、どの地域だってそのうち解決していくだろうけど、現実は「時間切れ」が迫ってきているのだ。
残された時間で効果を最大化するために注力すべきことは何なのか?
~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~~~
多くの地域で共通して見られる「まちづくりを進める上での障壁」はいくつもありますが、その1つが「公平性の罠」です。
行政は自分たちの業務の進め方には「公平性」が不可欠だと信じており、また住民も「公平性」を求めます(どうしてあそこばかり優遇されるのか、など)
両方とももっとなことなのですが、そのせいで、「公平性の罠」に陥って身動きがとれなくなることがよくあります。「公平性の罠」とは、長期的にはみんなのためになる「重点投資」ができず、効果が挙げられない状態のことです。効果が上がらないので、みんなじり貧です。
これは、「入り口の公平性」、つまり「分配の公平性」だけを見ているからです。「だれもが同じように分配を受けるべきだ」と。
それに対して、「分配は不公平だけど、重点投資を行うおかげで、全体に対する効果が得られるから、最終的にはみんなが幸せになる」という、「結果の公平性」に考え方をシフトできるか?
そして、「分配は不公平だけど、重点投資を行うおかげで、全体に対する効果が得られるから、最終的にはみんなが幸せになる」ことをきちんと「見える化」してわかりやすく伝え、「たしかにそうだ。それなら、分配は不公平だけど、しかたない」と住民に言ってもらえるまで、しっかり説明できるか?
上に書いた「本当のまちづくりを進めるための成功パターン」の1つは、「トップのリーダーシップ牽引型」です。
首長が、現状と長期的な見通しをきちんとデータとして持った上で、「これまでどおり」を続けるのではない、痛みを伴う変革を進める。そのときに、「なぜ重点投資(=不公平な分配)がみんなのためになるのかをしっかり説明・説得することで「公平性の罠」に陥らない。
この「言うは易し」の取り組みを実際にしっかり進め、しっかり実績をあげておられるすばらしい例の1つが、富山市・森市長の取り組みです。
森市長に数年前にインタビューさせていただいた内容はこちらにあります。
お読みいただければ、「敏捷性」「長期的見通し」「痛みを乗り越える力」とはこういうことか!と思っていただけると思います。「公平性の罠」に陥らないためにどうしたらよいか、も。一部、引用します。
~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~
「今の市民に嫌がられるが、将来市民には大事なことがある。それを意識して仕事をすべきだ」と言いました。
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富山市の歳入全体に占める税目の構成比を見ると、リーマンショック以降市民税が落ちています。その結果、不動産に対する固定資産税と都市計画税の構成費が大きくなっています。このとき、地価が下落すると、この税収も減少することになります。
地区別に見れば、中心市街地の面積は全市の0.4%ですが、全市の固定資産税と都市計画税総額の22.2%を収めてくれていることがわかります。ですから、ここに投資することが一番合理的なのです。
こういうことをちゃんと説明しながら、選択的・集中的な投資をしています。特に、郊外に住んでいる人に説明して回ることがすごく大事です。
「皆さん、中心部にばかり電車を走らせたり、花束を持ったら電車が無料とか、花で飾ったりして、不公平だと思っているでしょう? でも、この数字を見て下さい。この上中心市街地の地価が落ちると、市の財政が厳しくなるから、行政サービスの水準を落とすか、市民税を上げるかしないとやっていけなくなる。だから、不満はわかるけど、中心地からの税収があるから農村や郊外への特別な補助もできるのです」と。
「皆さん、不満でしょう?」と言ったら、「不満です」と答えが返ってきます。「でも、しょうがないでしょう?」と言ったら、みんな「しょうがない」と言います。
きちんと市民を説得できるかどうかです。多くの首長は、それが嫌だったり怖いのでやらないのでしょう。「何であそこばかりやるんだ。おれのとこにも」という圧力や声に対して説得し切れないのです。
長く、「行政に求められるものは説明責任だ」と言われてきましたが、説明責任で止まっては駄目なのです。必要なのは説得責任です。「反対」と言う人たちをも説得する。そして乗り越えて、将来市民のために必要な施策を進めること。それが行政の責任だと思うのです。
とにかく説明をきちんとすること、嫌がられても、一番反対しそうな所に飛び込んでいって、こういうデータを出して、説得するということです。
最初のころ、LRTの取り組みを始める時には、全市をまわって120回くらい説明会をやりましたよ。2時間の説明会を1日に4回やったこともあります。最後は、酸欠で倒れそうになりました(笑)。
それともう1つ大事なことは、100人が賛成するのを待って動いたのでは駄目だということです。ここがとても大事なところです。反対する人がいても、信念と確信があれば、そのうちわかってくれる。
「消極的な支持」と呼んでいます。「本当は気に入らない。だけどしょうがない。だから反対はしない」という人たちがサイレントマジョリティではないでしょうか。本当に声を出して反対している人はほんの一部なのです。
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先日の議会でも、「今期の僕の責任の1つは、嫌がられることをすることだ」と明確に言いました。選挙の時も、そう言って選挙戦を闘いました。将来市民のためにすべきことを進めようとしたら、現状を守りたくて反対する人と正面からぶつかることになりますから。
~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~~
この森市長へのインタビューを紹介したメールニュースの最後にこのように書きました。
~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~
人口減少社会に向けて、自治体のリーダーシップや役割がますます大きくなってくることでしょう。スプロール化を防ぎ、都市の諸機能を小さなエリアに集約していくことで、効率的で持続可能な都市にしていこうという「コンパクトシティ」について、マスタープランや中期計画などで言及している自治体は多いものの、実際に成果が上がっているところはまだ少なく、富山市の取り組みと成果は大きな注目を集めています。
森市長のお話をうかがっていて、"絵に描いた餅"にせずに、実際の成果につなげていく上でのキーポイントは、「将来市民の目線で考えるビジョン」「データと現状に基づいた行政・リーダーの説得責任」そして「住民との対話」であることがわかり、とても勉強になりました。
多くの自治体で、手遅れになる前に(必要な資源・資本の投入ができなくなる前に)、コンパクトシティへの歩みが進められることを願っています!
~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~~~~
このメールニュースを書いたのは5年前です。この間、みなさんの地域のまちづくりは進んでいるでしょうか?
成功パターンは「いくつか」見えてきています。富山市のような「トップのリーダーシップ牽引型」が最も実効性が高いですが、たとえ、トップがリーダーシップを発揮して牽引してくれない場合でも、効果的なまちづくりは可能です。別の成功パターンについては、もう少し自分の中でまとまったら、また発信したいと思います。
というような「まちづくりのポイント」と、「現状と長期見通しをデータとしてきちんと持つ」ための地域経済の見える化などについて、お話ししようと思っている機会がありますので、ご案内します。
アサヒグループ学術振興財団講演会
「持続可能な農業と地元経済を考える」
2018 年9月4日(火) 13:45~16:30
アサヒグループ本社ビル
食、生活、環境にご関心のある一般の皆様、研究者の皆様(入場無料)
200名(事前申込が必要です(先着順))
加藤 孝太郎さん(公益財団法人 農業・環境・健康研究所研究科長)の「有機農法と環境と健康のはなし~ これからの食糧生産にとって大切な視点」というお話のあと、
「未来は地域にある! ~持続可能で幸せな地元経済を創る」と題してお話しします。
お申し込み・詳細はこちらにあります。
この「地元経済の見える化」は、下川町や水俣市などで実際に進め、効果を上げています。そのような事例とともに、見える化のためのツールをいくつもご紹介した岩波新書も多くの方々に読んでいただいていて、うれしく思っています。
『地元経済を創りなおす――分析・診断・対策』(岩波新書)
コラムを書かせていただいているガスエネルギー新聞に掲載いただいた紹介を、ご快諾を得て、引用させていただきます。どんな内容か、見てください。
~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~
ガスエネルギー新聞
新刊紹介
『地元経済を創りなおす―分析・診断・対策』/枝廣淳子著
地域に根差した都市ガス事業者にとって、少子高齢化等により明るい未来像を描きづらい地域経済をいかに伸ばすかは、大きなテーマだろう。本書では、「地方創生のトップランナー」と言われる島根県の隠岐諸島中ノ島の海士町(あまちょう)で街づくりをサポートしたこともある著者が、地域経済立て直しの方法論を具体的に示した。
地域経済は「漏れバケツ」に例えることができるという。多くの自治体は、政府補助金、大企業誘致、観光客呼び込みに懸命だが、それはバケツに入る水を増やすことに過ぎない。バケツの底に穴があき、せっかくの資金が域外の工事業者やメーカーなどに流れ、外に漏れ出していることこそが問題だと指摘する。
実は、その漏れの度合いは、定量的にキャッチできる。政府の「まち・ひと・しごと創生本部」と経済産業省の「地域経済分析システム」(RESAS)のウェブサイトにある「地域経済循環マップ」だ。本書では、こうしたツールを使って、地域全体の漏れの度合いを知る方法、地域内のどこでどれくらい漏れているかさらに詳細を知るための方法、身近な「漏れ穴」をふさぐ方法をステップごとに説明する。「最大の漏れ穴」のエネルギーによる漏れをふさぐための「地域再エネ」にも紙数を割いた。
こう書くと難しそうだが、内外の先進的事例を直接取材し、どうやって地域経済の立て直しに成功したか、キーマンの肉声も含めて紹介している。楽しくてためになる本だ。
岩波書店。780円(税別)。新書判。209ページ。
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今年度は、下川町のまちづくりのお手伝いを続けながら、毎月熊本県・南小国町にうかがって、まちの共有ビジョンづくりと地域経済の見える化のお手伝いをしています。
「この町が好き!」「いつまでもいい町であってほしい」という住んでいる方々の思いがあるかぎり、まちづくりは進めていけます。それぞれの町の方々のそういう思いを実際のまちづくりにつなげていくお手伝いが少しでもできたらうれしいなと思っています。